第605話 第三者視点
桂木優斗が、千葉県警察本部から出てきた姿を『千里眼』で見ていた白亜がリビングで溜息をつく。
そんな様子を見ていたアディールは、プリンを咀嚼し飲み込んだあと、「白亜、どうかした?」と、言葉を口にする。
「なんじゃ? アディールは、妾の行いが一々、気になるのかの?」
「別に――」
アディールとしても、白亜が正直に話すとは思ってはいなかった。
それが、自身のマスターである桂木優斗と関係があると直感しながらも。
「ねえ。白亜」
「何じゃ?」
「マスターは、どうして神楽坂都の護衛を白亜に一任していると思う?」
「……」
その問いかけに、白亜は無言になりリビングのテーブルの上に置かれている湯飲みに手を伸ばす。
「妹の護衛で、私を選んだことは理解できる」
無言で、お茶を啜っている白亜へと、赤い瞳を向けたままアディールは自身の考えを口にする。
「胡桃は、私と殆ど同年代。だから護衛対象として一番危険な学業中にも同じ場所に潜入できるという立場では、私を護衛役として抜擢したことは当然。――でも、神楽坂都は違う」
お茶を啜った白亜は、獣の瞳孔――、アディール・エリカ・スフォルルェンドと同じ赤い瞳を、12歳の少女へと向ける。
「あれじゃな」
そして、重々しく口を開く。
「あれって何?」
「ご主人様も気が付かれてはいないか――、もしくは……」
そこで、白亜の言葉は詰まる。
それ以上、語るのは野暮だと、彼女自身、長い年月生きてきて理解していたからであった。
「もしくは、何?」
ただ、アディールには分からない部分もあったのだ。
ロシアのウクライナ侵攻により両親を失った彼女でも、人生経験という差では、30倍以上もの期間、生きてきた白亜とは雲泥の差がある。
だからこそ、アディールには、どうしても気になった部分があった。
それは効率を求めているが故の主たる桂木優斗のおかしな部分――、根幹に疑問が浮かんだからで――、
「ふむ。そうじゃな……。人間というのは不思議なモノでな……。守りたいという対象を、自身が近くにいたら守れないという強迫観念を持つこともあるのじゃよ」
「説明になってない。私達のマスターは、神すら凌駕する力を持っている。なのに、強迫観念を持っているなんて、理解できない」
幼少期に両親を失ったアディール。
そして神社庁に引き取られて、効率を求められて、能力を買われて、育成されてきた彼女にとって、白亜の言葉はアディールにとって理解し難いモノであった。
「……」
「何? その目は」
「――いや、何でもない。人間というのは――」
「人間というのは?」
アディールの、その問いかけに白亜は首を左右にふる。
それと同時に白亜は、自身の目の前に座っている銀髪赤眼の12歳の少女に対して憐れむようなな視線を向けた。
「(まったく、人間というのは……、本当に愚かな行いを繰り返すモノじゃのう)」
心の中で呟く白亜は、小さく溜息をつく。
「もしかして人間を馬鹿にしている?」
「そうではない」
ブスッとしたアディールに即答する白亜は、視線を風呂場へと向ける。
彼女が風呂場へと視線を向けた理由は簡単で、脱衣所から音がしたからだ。
まだアディールが気が付いていないのは、人間どころか犬よりも遥かに優れている聴覚のおかげである。
「色々とご主人様にも考えるところはあるんじゃろう」
「また、そうやって誤魔化す」
「別に誤魔化してはおらんが?」
「――なら、神楽坂都の護衛を何でマスター自身が行わないのかの説明を――」
「直接、ご主人様に聞いて見てはどうかの?」
「それは……」
アディールは、そこで視線を白亜から逸らす。
「アディール。お主も理解しておるのじゃろう? マスターが、どうして妾に神楽坂都を護衛しろと命令しているのかを」
「理解はしてない……」
「……そうじゃな。守りたくとも守れない事情というのがある。それが人というモノなのじゃ」
「……やっぱり、白亜の言っていることは分からない」
「分からなくてよい」
そこで、白亜はいきなり立ち上がった。
「どうしたの? 白亜? トイレ?」
「違う。式神が数体、沈黙した」
「それって……」
「うむ。敵襲じゃな」
「どういうこと? 白亜の式神なら――」
「理由は分からんが、いきなり視界が閉ざされた」
「……それって、もしかして……」
「ハッキリとは断定できんが、残りの式から鑑みるに神楽坂都の様子は代わりないようじゃが――」
「わかった。胡桃の護衛は、私が継続して行う。白亜は、すぐに神楽坂都の元へと向かって」
「うむ。任せたのじゃ」
白亜は、ベランダへと通じる窓を開けると、風景に溶け込むように透明になり消える。
風となって数十秒で、神楽坂邸の上空へと移動し顕現した。
「まったく――、変な式神がウロチョロしていると思って安倍晴明だと思って期待して待っていたら、怪異が来るとはトンだ誤算だったな」
そんな声が――、殺意が篭った音が頭上から降り注ぐ。
すぐに臨戦態勢を整えた白亜は上空を舞ったまま飛翔し、その場からすぐに飛び退くと同時に顔を上げた。
すると、そこには一人の男が空中に浮かび白亜を見下ろしていた。
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