第603話 第三者視点
――霞が関に拠点を置く警視庁本部。
そこは世界でも有数の大都市である東京の治安維持を守っている警察組織の拠点であった。
今、その警視庁本部の一室――、警視総監である露原の部屋が数度ノックされた。
ノック音は、当然ながら室内の露原に届く。
「入りたまえ」
疲れた声で、ノックをした人間に対して入室の許可を出した露原は、仕事中の手を止めて視線を扉の方へと向ける。
室内には、グレーのスーツを着た50代後半の男が入ってきた。
男は黒縁の眼鏡をかけており、肉体はスーツの上から見ても一目で鍛えられているというのが確認できるほど鍛えられていた。
「安藤君、どうかしたのかね?」
部屋に入ってきた安藤というダークスーツ姿の男へと声をかける露原。
その声に反応したかのように黙ったまま警視総監である露原の前まで移動した安藤は手にしていた茶封筒を露原のデスク上へと置くと口を開く。
「桂木優斗に関しての調査報告書になります」
「ほう……」
先ほどまで疲れていた表情とは打って変わり獲物を狙うような鋭い目つきをした露原は、安藤が机の上に置いた茶封筒を開ける。
そして、中に入っていた分厚い調査報告書に目を通していくが――、
「これは……、本当のことなのかね?」
読み進める事に眉間に皺を寄せていった警視総監の露原は困惑した声色で、安藤を問い詰めるが――、
「はい。間違いありません」
調査してきた報告について間違いはないと、ハッキリと安藤は口にする。
その安藤の様子と雰囲気から、嘘ではないと察した露原警視総監は眉間の皺をさらに深くする。
「信じられない。この調査報告が本当ならば……、桂木優斗という少年の戸籍は存在していない事になるが? それどころか両親の戸籍すら存在していない……」
あまりにもありえないという状況に――、その調査報告書の内容に、思わず露原は片手で自身の顔を覆ってしまう。
「――ですが、その調査報告書は間違いありません」
「――では、何か? 戸籍が、存在していないのに、高校――、教育機関に入れたということか? そんなことが可能なわけがない……。どこかに改竄された痕跡などは存在しないのか?」
「それは、すでに調査済みです。たしかに警視総監が仰るように、戸籍が存在していない状態での日本国内での生活は無理があります。だからこそ、何度も調査しましたが……、まるで改竄された痕跡が確認できないのです」
「……安藤君」
「分かっています。神の力を手に入れた人間は今まで確認できていません。もしかしたら神の力で何らかの影響が起きている可能性もあるかと公安上層部も考えているようです」
「だろうな……」
露原は、そこで溜息をつくと仕事椅子に身体を深々と預ける。
「安藤君、これは私の推測に過ぎないのだが……」
「桂木優斗という少年が神の力を手に入れた代償として彼の痕跡が消えていると言いたいのですか? そこは私も考えておりました。あれだけの力――、何の代償もなく使えるのは……」
「うむ」
安藤も、露原と同じことを考えていたようであった。
「それと、露原警視総監」
「なんだね?」
「桂木優斗の家に、山王高校の生徒会長である山城綾子という女子高生が泊まっていることが調査の結果判明しました」
「ほう。――では、その山城綾子君から話しは?」
「伺いましたが……、山城綾子という女子学生が接点を持っていた桂木胡桃、峯山純也、神楽坂都の3人以外――、つまり桂木優斗という少年に関しての記憶がすっぱりと抜け落ちている事が確認できました」
「――何?」
そこで背もたれに身体を預けていた露原が、姿勢を戻す。
「どういうことだ? 山城綾子という女子学生が、桂木優斗という少年の家に泊まっていたのだろう? それなのに桂木優斗という少年の記憶だけ損失しているというのは、おかしくないか?」
「それは私もわかりません。ただ――、桂木優斗という少年は、何かを隠していると思われます」
「何かを?」
「はい。もしかしたら……」
「ふむ……。たらればの話をしても仕方ないだろう。引き続き調査を続行してくれ」
途中で安藤の話を遮った露原は、話を切り上げる。
安藤の言葉――、その推測を断ち切ったことには理由がある。
もし、神の力では無い場合、それこそ桂木優斗という少年の危険度は遥かに跳ね上がるからだ。
神の力――、得体の知れない超常現象で一括りに出来る間はまだいい。
だが、それが神の力ではない場合、それこそ頭の痛い事になることは想像に難くない。
「分かりました」
露原警視総監に、話の腰を折られた安藤警視監は部屋から出る為にドアノブを開くが――、
「そうでした。警視総監」
「何だね?」
「ロシアの特殊工作員『デス・グリムリーパー』が、日本国内に潜入したと公安から報告がありました」
「なん……だと……!? ど、どうして! 先に、それを言わなかった!」
「どうやら、ロシアの特殊工作員のターゲットは、桂木優斗という少年のようでしたので。彼の戦闘能力なら、世界で5本の指に入る最強の暗殺者であっても遅れを取ることは無いと思いましたので」
「何を馬鹿なことを言っている! 『デス・グリムリーパー』は、無差別殺人のテロリストだぞ!」
「――ですが、桂木優斗という少年なら何とか出来ると公安も警視庁上層部も考えております。それよりも問題があります」
「それよりも問題があるのか? ――なら、そっちの報告を先にしてくれてもよかっただろうに……」
「申し訳ありません。こちらも桂木優斗絡みでしたので――」
「――で、何だ?」
「警察庁長官と、警察庁幹部が桂木優斗の抹殺を企てているという話が流れてきました」
「馬鹿か! 霞が関にクレーターを作るつもりか!」
そこで、ようやく露原警視総監は、自身の机を割れんばかりに拳を叩きつけると怒鳴った。
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