第602話 第三者視点

 神谷との電話を切ったあと、受話器を戻した警察庁長官は、会議室に集まった警察庁幹部を一瞥した。

 そんな中で、警察庁長官の様子を伺っていた一人の60歳過ぎの白髪交じりの警察官僚が口を開く。


「少しいいですかな?」


 ハリのないしわがれた声。

 彼は警察庁長官を面白そうに見ながら口を開いた。


「何かな?」


 そんな警察官僚に対して、先ほどまで子飼いの部下には反論されて気分を害していた警察庁長官は、若干の苛立ち覚えながら言葉を返す。

 ただし、表面上は声を荒げることもなく――、


「今の会話ですが、子飼いに問い詰められたのでは?」


 まさしく、電話口で話していた内容について聞かれた警察庁長官が笑みを浮かべつつ、動揺を悟られないように口を開く。


「何を言っているのかわかりませんな」

「先ほど、脅し文句を言っているように聞こえましたが?」

「見解の相違と言ったところだ」

「そうですが。これはこれは聞き間違いを致しまして――」


 白髪交じりの警察官僚はあっさりと引き下がる。

 そんな二人の様子を伺っていた警察庁幹部たちは、一様に不気味な笑みを警察庁長官へと向けている。

 

「(――ちっ! 足を引っ張るつもりか! 協調性の無い連中が!)」


 警察庁長官である関口宏は心の中で悪態をつきながらも冷静さを装う。


「(まあ、いい。子飼いが、どんなに敵愾心を持とうが、あの女の母親は警察庁長官の直轄である警察庁暗部が施設に隔離して管理しているのだからな……)」


 関口は、笑みを深く浮かべたあと、


「まぁ、皆の言いたいことは分かる。あの化け物を何とかするために正義感溢れる我々は同士として集まったのだから」


 関口は、さらに語る。


「以前にも話したとおり、桂木優斗に関して、その身柄は警視庁長官が、日本国市民だから! 自国民だから! と! 言う理由で守ろうとしている! その事に関して各々はおかしいと思い集まった! そこに、間違いはないはずだ! 違うかね?」


 彼は、視線を集まっていた警察庁官僚へと向ける。

 そして関口の言葉に誰もが一瞬沈黙したあと、首肯した。


「だが、関口警察庁長官。あの男――、桂木優斗という化け物は通常兵器では殺すことはできないと聞いているぞ? 排除なんて可能なのか?」


 その言葉に、関口は笑みを浮かべた。


「皆さんは分かっていませんな。あの男を社会的に抹殺する方法は幾らでもあるのですよ?」


 関口警察庁長官の自身に満ちた言葉と共に、警察庁幹部が集まっていた会議室の壁に掛けられている巨大なモニターに二人の少女の姿が映し出される。


「関口警察庁長官、彼女らは?」

「一人は桂木優斗の妹である桂木胡桃。そして、もう一人は、神楽坂都という桂木優斗の幼馴染です。このどちらか二人を確保するだけで容易に、あの化け物をコントロールすることが出来るでしょう」

「そんなに簡単にいくものなのかね?」


 先ほどまで関口に疑問をぶつけていた警察庁官僚は言葉を発する。


「ええ。桂木優斗が二人を大事にしている事は、神谷警視長からも情報は上がってきていますから」

「だが、確保できなければ――」

「最悪、どちらかを殺してしまえばいいのですよ? どうせ人を生き返らせる力を持っているのだから――」

「つまり、一人を確保して、もう一人を見せしめにして殺すことで相手に此方の要求をのませようという腹積もりか? それは倫理観を逸脱した行為ではないのか? いくら、化け物と親交を持っていたとしても、それはやりすぎではないのか?」

「何をおっしゃられるかと言えば――」


 警察庁官僚の言葉を鼻で笑う警察庁長官は獰猛な笑みをさらけ出したあと――、


「一人の命で、桂木優斗をコントロールすることが出来て、さらに警察庁の力を高めることができる! そして日本国の治安を守れるとしたら安いものではありませんか!」

 

 ――と、手を広げながら、提案した。


 


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