第601話 第三者視点
桂木優斗が、部屋から出て行ったのを確認してから、神谷幸奈は自身の机の引き出しを開けて5センチほどの分厚い紙の束を取り出す。
表紙には『重要機密事項』と、だけ記されており、その紙の束がどのようなモノなのかが一切表記されてはいなかった。
神谷は、紙の束を一瞥し溜息をついたあと、備え付けの電話機ではなく懐から取り出したガラケーで電話をかける。
数コール鳴ったところで――、
「私だ」
低く、それでいて威圧感を含む声が神谷の持つガラケーを通し、彼女の鼓膜を揺すぶる。
「神谷です」
「分かっている。――それで、この回線を使う理由をまずは聞きたい。君と警察庁長官である私が連絡を取り合うことがどれだけの事か理解しているだろうな?」
「分かっています。それよりも、この資料ですが、ここに書かれている事は本当なのですか?」
「届いたか」
「はい。桂木警視監が、六波羅命宗のトップを尋問している間に届きました」
「そうか……。――で、何を聞きたい?」
「この資料に書かれている内容です」
「ふむ……」
神谷の言葉に、しばらく沈黙が続いたあと電話口から聞こえてきたのは一考するかのような声であった。
ただし、そこには神谷の質問に答えようという様子はなかったが――、
「神谷警視長、余計な詮索はしないように」
「――ッ! ――で、ですが!」
「くどい。それよりも、桂木優斗には確認は取れたのか?」
「そ、それは……」
「まったく……、君を何のために、あの殺人鬼に付けているか理解しているのか? あの化け物から市民を救うのが警察の本分だということを君は本当に理解しているのか?」
「分かっていますが……」
どこまでも冷たく言い放つ警察庁長官と対比するかのように、神谷の表情は苛立ちが募っていくのが第三者の目から見れば容易に分かるほどであった。
「君が――、桂木警視監に聞くことは一つだけだ。六波羅命宗の関係者――、本部に居た人間の家族や親戚を桂木優斗が事件後に虐殺したかどうかを確認すること」
「それを聞いて、どうするおつもりですか?」
「決まっているだろう?」
「決まっていると言われても……」
戸惑う神谷の声とは異なり、淡々と電話口から警察庁長官の声が漏れる。
「桂木優斗を社会的に抹殺する」
「――そ、それは!? 彼は、国連で、不干渉対象として決まりました! そのような事を国が認めるわけが! 第一警視庁長官が!」
「分かっていないな――、神谷君。私は社会的に抹殺すると言ったのだよ?」
「社会的に?」
「そう。あの化け物の弱みを握るのだよ。総理も警視庁長官も、各国の首相も理解していない。あれが、どれだけ危険な化け物なのかということを。何の挫折も絶望も失敗も経験したことがない唯の学生が神の力という得体の知れない力を手に入れたことで、その力に溺れて人を虐殺しているだけだ。そこは、君は理解していると思うが?」
「それは……」
神谷は、桂木優斗という人間とは長く付き合っているとは言えない付き合いであったが、彼女の目から見て桂木優斗という人間は、いきなり力を得て有頂天になっているような人物とは到底思えなかった。
それは、桂木優斗という人間の言動と行動の節々から、自身よりも遥かに長く人生を生きてきたような片鱗を多少なりとも感じ取ることが感覚的にできたからであった。
「まったく――。夏目総理は国の保身のために、桂木優斗という化け物に対して懐柔政策を取っていることは、神谷君、君は理解しているな?」
「それは知っていますが……」
思考中に問われたことに対して神谷は相槌を打つかのように答えた。
「分かっているのならいい。君の仕事は、六波羅命宗の幹部と大僧正だけでなく、所属していた信者や関係者と親類縁者、1万人近くを虐殺した犯人は、桂木優斗かどうかの裏を取ることだ。分かったな?」
「……分かりました」
「うむ。くれぐれも警察庁長官である私と繋がっていることは、あの化け物には悟られないようにな。もし、そうなれば、君の寝たきりの母親がどうなるか分かっているな?」
「……」
「電話が遠いか?」
「分かりました……」
「うむ。色よい報告を期待しているよ。神谷警視長」
そこで電話が切れる。
神谷は、ガラケーを床に叩きつけたあと、歯ぎしりをした。
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