第587話 国連本部(25)第三者Side

「ば、ばかな! 自国の! 自国民を! 本来は守るべきだと豪語した君は! 君は! 自身の言葉を! 信念を否定するつもりなのか!」


 そこで、ようやく我に返ったアメリカ合衆国大統領であるジョージが、慌てて捲し立てるようにして叫ぶ。

 それに対して、日本国の総理大臣である夏目首相は肩を竦める。


「80年です」


 端的に、それだけ告げる日本国首相の言葉に、周囲の国々の代表が何を言っているのか? と、理解できずに内心では首を傾げる。


「何を言って……」


 もちろん、その言葉の意味するところはアメリカ合衆国の大統領でも理解することはできない。

 何故なら、日本人ではないから。

 さらに言えば、G20の殆どを構成していた白人国家も夏目首相が何を言ったのか分からずにいた。

 理由は簡単であった。

 自国の領土を奪われた訳ではなく、他国の領土を奪い、何百年も侵略し植民地として利用し、それを宗教――キリスト教という一神教の神に、それら全ての罪を擦り付けて傍観者として成り果て腐り果てた人間の形をした獣には到底理解できないものであった。


「あなたたちには分からない。不可侵条約という約束ごとを平気で破り、武力で世界を支配してきたあなたたちには。我が日本は、80年もの間、自国の領土を――、先人たちが命をかけて切り開いてきた領土を不当に奪われ続けた。それは屈辱であり、先祖の行いに対する冒涜だ。かの国は――、ロシアと韓国は、日本にとっての敵国だ。だが――、相手にするためには、日本国の軍事力は小さすぎた。自国の領土すら満足に守れないほどの……」

「――つ、つまり……、君の――、夏目……、君の目的は……」

「その通りです。私は、自国の――、日本本来の領土を取り戻す為なら、どんな汚名も、どんな罪も背負う覚悟があります。その為には、桂木優斗から敵として認定されて殺されることも想定しています」


 だから、邪魔をするな! と、言う夏目首相の覚悟が、彼の双眸からは――、言葉の節々からにじみ出ていた。


「それが、日本国の総意だと言うのか?」

「――いえ。あくまでも私の総意です。ただ――、同じ考えをしている国民はいると信じています。アメリカ合衆国も、他国から侵略されれば、武力で国土を守るでしょう?」

「そ、それは……」

「ウクライナも、ロシアも、元・植民地を有していたヨーロッパの各国も、自国の国土が侵されれば戦うでしょう? 日本は、そのような機会すら許されていなかった。それが、どれだけ日本国民にとって辛辣だったことか理解できますか? そんな中で、国連が関与できないほどの力を有している――、神の力を有している者が出現したことが、どれだけの衝撃を日本政府の与党に与えたのかを。たしかに、これは感傷かも知れません。ただ――、座して死を待つというのを日本国民は、選択はしない」

「つまり、君は国土を守る為に自国民に罪を背負わせようとして――」

「ええ。分かっています。そのことは重々に承知していますし、何よりも彼には本日あったことを――私が考えていることは全て話すつもりです。その上で協力要請をするつもりです」

「君は死ぬことが……怖くはないのか?」


 まるで信じられないと言った表情で、顔色を青くしながらジョージ大統領は夏目首相に語りかけるが――、


「自身の生命もかけられずに何が政治家か! 国のトップになった以上、この命は日本国をよりよくするために国に捧げている!」


 夏目首相の言葉に「……ゴクリ」とアメリカ大統領が唾を飲み込む。


「――では、世界の危機ですので私は早速日本に帰国させていただきます。その上で桂木優斗へと依頼をします。ジョージ大統領、国連の決議と対応の方はよろしくお願いします」


 そう言い残すと、日本国首相は国連会議の場を後にした。

 扉が閉まってから数分は、誰も動けずにいた。

 そして――、誰かが溜息をついたところで、場が動き出す。


「――で、ジョージ大統領。どうするつもりだね?」


 イギリス首相が訊ねる。


「仕方ないだろう? 神の力を有している人間を利用すると日本国は宣言した。おそらく戦争も辞さない考えだろう。そして、いまは世界的な急激な気候変動が発生している。放っておけば世界は滅びる。――なら、特例措置ということで承認する以外はない」

「だろうな……」


 ジョージ大統領の苦悩している表情を見てイギリス首相ベルナンド・グレーヌは溜息をつく。


「それにしても、随分と気骨のある者が首相になったものだな。これは日米安保条約変更締結も受け入れてもらえるかもしれないな」


 アメリカ合衆国大統領は、これからのことを考えて頭を掻いた。 


 

 


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