第585話 国連本部(23)第三者Side

「――っ! 日本としては、フランスが直接、桂木優斗と交渉することを容認すると言うのか?」


 額から一筋の汗を垂らしたフランス大統領エマロエルは、日本国首相を睨みつけながら、呟く。


「桂木優斗は、警察庁に所属している警視監ではありますが、それはあくまでも表の身分です。彼の行動については、先ほど説明した通り日本政府から依頼という事で頼むことはできますが強制はできません。ですから、どうしてもフランス大統領が、彼に依頼をしたいという事でしたら、日本国政府としては話し合いの場を設けることはできますが、お手伝いすることはできません。さすがに神の力を有する存在に対しては、慎重になりますから」

「……」


 日本国首相の言い分に、『ギリッ』と、歯ぎしりをするフランス大統領。


「夏目総理」

「何でしょうか?」


 フランス大統領の日本国首相との会話に割って入ってきたのは、セルドラ・マツッエラであった。

 彼はイタリア大統領として、ずっと場を見てきていたが、そんな彼の胸中にはいくつかの疑問が浮かびあがっていた。


「桂木優斗に依頼をかけたと――、先ほど夏目総理はおっしゃいましたが、その点について聞きたいことがあります」

「聞きたいことですか?」


 夏目一元の視線が、そこでようやくイタリア大統領セルドラへ向けられた。

 今年で、80歳という高齢に突入しているセルドラではあったが、その眼光は一切! 衰えることなく、元・弁護士であるという経歴から、セルドラはイタリアの歴代大統領の中でも屈指の手腕を誇っている。


「先ほど、桂木優斗という少年に依頼をしたという事ですが、その際にロシアが所有している北方領土と樺太について話があったと――」

「そうですが、何か?」


 セルドラの物言い日本国首相の口元が緩む。

 夏目一元としては、どうして桂木優斗はロシアが実効支配している領土を欲したのか? と、いう口実――、この場合で言うと事実確認とそれに伴う言質を作りたかったからであった。


「それは、日本国から依頼をかけたという訳ではないのではありませんか?」


 セルドラは、指を組み夏目一元に問いかける。


「そうですね。あまり大ごとにしたくはなかったのですが、この際ですから仕方ありません。ロシアの外交官からボストーク基地で発生している事案、それと南極大陸で起きている事件の解決についての依頼がありました」


 そう日本国首相は説明をすると、「やはり!」と、言った感じでセルドラは目を細める。


「つまり、桂木優斗に依頼をかけるとしたら、何かしらの報酬が――、その仕事に見合う報酬が必要になるということですね? そして、ロシアは既に依頼をかけていた」


 セルドラは、深い溜息をつくと眼鏡を弄る。

 彼は、心の中でバカバカしいまでの茶番に頭を抱えた。

 イタリア大統領は、ある程度の話は聞いていたが常任理事国でもないイタリアに渡されていた情報は決して多くはなかった。

 だからこそ、セルドラは、まるで舞台の演劇のようにシナリオが存在しているかのように進行していた国連会議に疑問を抱いていたのだ。

 それに気が付いたセルドラは――、


「――で、日本国としてはロシアが常任理事国から外されたことを契機にして新しく常任理事国になった訳ですが、これは全てシナリオ通りだったと……そう考えていいですかな?」

「私が、そんなことを考えるわけがありません」


 夏目一元――、日本国首相はイタリア大統領の言葉を否定する。

 認めるわけにはいかないのは必然であった。

 ただ、その言葉遊びが――、国連会議が開かれてからの一連の動きが日本国の立場強化に利用されているのは、誰の目から見ても明らかであった。




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