第558話

 そして、俺は溜息をつく。

 純也は、異世界では勇者として召喚されるはずだった。

 そのため、能力は秀でているはずだ。

 だが、それは召喚という手順を踏んで初めて都と同じように解放されたはずだ。

 だから、今は能力が解放されておらず、戦闘面において脆弱性が浮き彫りになってしまっている。

 式神は確かに強いが、それは時間稼ぎの意味合いにもなっていない。

 何しろ、純也の力と能力が式神と釣り合って無さ過ぎる。


「桔梗」

「な、何よ? 私を人間と言って慰めているつもりなら!」

「別に慰めているつもりもない。だが、自分自身の命を絶つことが出来ないのなら――」


 俺は桔梗の目を見る。


「条件を呑むのなら、殺してやってもいい」


 俺が純也に戦いを教えるのが一番の近道だと言う事くらいは分かっている。

 だが教えることはできない。

 俺の戦闘スタイルは、誰にも真似することは出来ない。

 人間なら誰でも身につけられる技術ではあるが、それを人間が身につけることは絶対に不可能。

 何故なら――。


「――なっ!? 先ほどまでと言っていることが違うではないか!」

「だから条件だと言っただろう?」

「……条件というのは?」

「純也に戦い方を教えてやってくれ。そして戦いに対する心構えもな」

「お主が教えればいいのではなくて? それだけの力を持っているのだから」

「桔梗、分かっているんだろう? 俺の力が、どれだけのモノなのかを」

「それは……、人間離れした……」

「違う。人間離れではない。人間が到達できる限界を突破しただけだ。そして、俺のようには人間は覚悟があれば誰でも到達することは可能だ。だが、その到達点には、決して辿り着くことはできない。それは、桔梗も――、蛇神を作るための生贄として利用されたからこそ、分かるんじゃないのか?」


 俺の言葉に、そこで桔梗が眉を顰めると――、


「代償……」

「ご名答だ」


 俺は肩を竦める。


「純也には才能がある。強くなるための才能がな。俺とは違って――。だから、きちんと伸ばせば、それなりの強さには伸びるはずだ。だが、俺では無理だ。だからこそ、桔梗、お前には霊力の使い方を教えてもらいたい。その代わりに、お前が望んでいる死を俺が提供しよう。等価交換という奴だ。どうだ? 悪い話ではないだろう?」

「……お主は、それでいいのか?」

「何がだ?」

「等価交換と言っても、他人の命を奪うという行為を――、その行動を取った事を後悔はせぬのか?」


 思わず、桔梗の問いかけに、俺は自嘲気味に笑みを浮かべる。


「お主……」

「桔梗、さっき俺は言ったはずだ。人を殺す事に罪悪感を持つことが出来る奴が人間だと。そして、人殺しをして罪悪感を持たない奴は人間ではないと。俺は、後者なんだよ」

「……」


 俺の言葉に無言になった桔梗は深々と溜息をつく。


「分かりました。それでは等価交換に応じましょう。私が、先ほどの少年に霊能者としての戦い方を伝授すると。だから――」

「ああ。任せておけ。約束を守ってくれたのなら、俺が、お前を殺してやる」




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