第556話
「追いかけてきたのか?」
コクリと頷く桔梗に、俺は溜息をつく。
そして彼女の瞳を見て面倒なことだなと、心の中で悪態をつく。
「そういえば、お前は、この時代の人間では無かったよな?」
「ええ」
「それなら、戸籍は存在していないか……。警察か国が戸籍は、用意してくれると思う。本山に聞けばいいと思うが……」
「それは嫌」
「何?」
「私の復讐を邪魔したのは貴方なのよ? たしかに、私には、自分の手を自分の意思で汚す勇気は無かったわ。それは認めるわ。――でも、私には、生きる意味がないの。だから――」
「だから、殺して欲しいと言いたいのか?」
俺は、桔梗の目を真正面から見ながら答えた。
桔梗の目――、それは、絶望と懺悔から終わらせて欲しいという後悔を抱いた人間特有の色合いを瞳に宿していた。
「痛いの嫌。でも、貴方なら――、貴方ほどの力を有している存在なら、私程度なら一瞬で終わらせる事が出来るでしょう?」
「たしかにな……」
だが――、俺は桔梗を殺す為に彼女の殺意と復讐だけの殺しを止めた訳ではない。
「――なら……」
「殺すつもりはない」
「どうして?」
「お前は利用されただけだからな。それに――、本当に自分の罪を清算したいのなら、かつての被害者の為に、どうするのか? を、考えるべきだろう? 自分が意図しない事であっても、殺した相手にとっては、それは関係のない事だからな」
「生き恥を……、この罪を背負えと……? 貴方は、私に言いました! 私は利用されていた! 操られていた! だから――」
「ああ。言ったな。だから罪という罪過を――、お前が背負う罪という重さを軽減することは出来る。だが、やった事が無かったことになった訳ではない。それは、お前も分かっているんだろう? だから、俺に終わらせて欲しいと頼んできている」
俺は、思わず笑みを浮かべる。
「――なあ、桔梗」
「……」
無言で、俺を睨んでくる女に、俺は言葉をかけるようにして口を開く。
「どうして、自分で死なない? どうして、俺に殺しを依頼する? 俺に、お前の自殺を手伝う事に何のメリットがある?」
「それは……」
「お前は、死にたいほど後悔はしている。だが、己の命を絶つまでの決断はない。そして得にすることもない。だから、結果として俺に殺人を依頼してきた。それが、どういう意味を持つかくらいは、お前は分かっているだろう?」
たしかに、俺だったら何の感慨も抱くことなく殺しはできる。
だが、それは俺に敵対してきた奴に――、組織や国に限る。
「お前が、俺に頼んできたことは他人へ殺人を頼んだことと同じことくらいは理解しているよな? それとも、俺だから問題ないと思っているのか?」
「そんなことないわ」
「――なら、死ぬ時は自分一人で死ね。それなら、俺は止めもしない」
「そんなの……、そんなの卑怯よ!」
「卑怯?」
「だって! 貴方は、私の復讐の邪魔をしたじゃない! それなのに、人として生きていけって言うの!? 蛇神の力を有している化け物の私に人として生きて行けって、言うの!?」
「あのな……」
俺は頭を掻く。
「人間の定義って何だよ?」
「――え?」
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