第546話

 純也は、体を後退りながら俺から距離をとろうとしてくる。

 それを見て、俺は純也に弾かれた手を戻す。

 そして、目を閉じたあと――、小さく心の中で溜息をつきながら、自分に言い聞かせる。

 強すぎる力、常軌を逸した行動には、羨望などではなく――、恐怖などの怯えの感情が向けられるということを。


 ――そして、人は、自身の理解できない存在や、ありえない行動を取る存在を【化け物】だと認識する。

 そんなのは異世界ではよくあったことだ。

 だが、化け物にならなければ、都の仇を――、魔王を――、四天王を――、女神たちを殺すことは出来なかった。

 だから……、俺は、部屋に置かれていたパイプ椅子に腰を下ろす。


 すぐには呑み込めないのは仕方ない。

 目の前で血生臭い本物の殺気の混じった戦場を経験したのだから。


「――と」


 しばらく、純也が落ち着くまで待っていると純也が小さな声で、擦れた声色で、俺に語りかけてきた。

 だが、俺は、純也が、しっかりと言葉を口にするまで待つ。

 

「ゆうと」


 そこで、ようやく俺は溜息をつく。


「落ち着いたか?」


 強張った表情で頷く純也に、俺は努めて冷静に声をかける。

 新兵ってのは、戦場に立った時に、強すぎる存在と出会った時、思考停止する。

 それが、殺気だった場合、とくにそうだ。

 そう言った場合、余裕が無ければ殴るなどの痛みで怒りを引き出して現実を分からせるが、今は余裕がある。

 余裕があるのなら、自力で戻ってきた方がいいだろう。

 その方が心の整理がつくからな。

 それにしても――、


 俺は部屋の中だけではなく通路へと出る入口が、大蛇の体で埋まっていることに、面倒だなとツッコミを入れておく。


「優斗。すまない」

「別に構わないさ。駆け出しの冒険者には良くあることだ。格上のモンスターと戦った時に、その威圧や殺気で眠れなくなることもあるからな」

「…………」

「どうした?」

「――いや、何でもない」


 純也の視線は、一度も俺と合う事がない。

 

「そうか」


 俺は立ち上がる。

 会話が出来るまで回復したのなら問題ないだろう。

 純也が、俺から視線を故意に逸らしているのを知りながら辻本守の傷を治す。

 大蛇を殺した事もあり、辻本の舌が飛ぶような事はないが――、


「本部長」

「どうかしたのかね?」


 俺の問いかけに本山の音声が聞こえてきた。


「一連の状況を見ていたんだろ? あとは、本部長に事情聴取を任せてもいいか?」

「構わない。ただ、また同じようなことが――」

「そこには心当たりがある」


 俺は波動結界を展開し、出雲大社の巫女である天野桔梗が収監されている場所を確認する。


「本部長、この大蛇を送ったのは恐らくは天野だと考えられる。俺は彼女と会ってくるから、あとのことは任せた」

「――お、おい!」


 俺の行動を止めようと慌てて話しかけてくる本山の声を無視して俺は通路へと向かう。

 もちろん通路は大蛇の体が埋めていて通れるような状況ではないが、俺は手刀で大蛇の体を解体して、通路へと出る。

 


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