第547話

「あ――」


 俺は、部屋の中を振り返る。

 

「すまないが、この大蛇の処分は俺がするから、放置しておいてくれ」

「そんなことより、勝手に動かれては困る! まずは、辻本守容疑者の調書を作ることに協力してもらわなければ――」

「そんなことなら――」


 俺は純也の方を見る。

 いまだに、どうしていいのか気持ちの整理がついていないのか、先ほど、謝罪したきり俺を追ってくるような素振りは見えない。


「コイツは、陰陽庁の人間だ。いまは驚いて放心しているが、コイツの式神が何かあれば対応してくれるはずだ。そうだろ? 前鬼」


 俺の言葉に呼応するかのように、純也と俺の間に姿を見せる巨大な体躯を持つ赤銅色の肌を持つ鬼は、俺を睨みつけるかのようにして頷いてくる。


「――ということだ。あとは――、「まってくれ」――ん?」


 途中まで、本山と話を進めたところで純也が、自分自身を守るようにして立っていた前鬼の前に歩み出てくる。


「優斗」

「どうかしたのか?」

「彼女というのは、諏訪市で起きた事件に関与していたとされる女性のことか? かみおろしに利用されていたという」

「ああ。そうだな」

「……それは、優斗が、俺を此処に連れてきた本当の理由が?」


 思わず俺は笑みを浮かべる。

 相も変わらず直感だけは冴えている。


 ――いや、ここまでお膳立てすれば、察しがつくと言ったところか。


「そうか……。――なら、俺も付いていく」

「一人で――、いや! 二人で! 話を進められても困る!」


 俺達の会話を聞いていた本山が、走って此方へと向かってくる。

 マイク越しだと意味はないと理解したのだろう。

 まぁ、来ても意味はないがな。

 今回の俺の目的は、純也の覚悟を確かめる為であって、調書とか詰問とか、そんなのは二の次だ。


「すまないな。本山本部長」

「――ッ! き、君は――!?」


 苦々しい表情を浮かべる本山。

 そんな本山にかける言葉は決まっている。


「俺は長野県警からの仕事を無償で受けた。数十億円の設備費用を投資してな。つまり、タダ働きどころか持ち出しってことだ。――と、いうことはだ」


 俺は視線を本山へと向ける。


「俺は金をもらっていない。つまり言う事を聞く必要はないってことだ」

「そんな屁理屈を――。協力すると約束を――」

「俺は、協力はすると言ったが、それはあくまでも協力であって、長野県警からの指示を100%受け付けると意味ではないからな。だから、過程は、俺の好きにさせてもらおう。そもそも、そこに転がっている辻本に危害が加わらないように動くって言っているんだ。文句を言われるいわれはない」

「なん……だと……!?」

「純也、いくぞ」

「――お、おう……」


 俺と本山の話を横で聞いていた純也は、途中から完全に部外者と言った感じで空気と化していたが、俺から声をかけられた途端、『へんな風に巻き込むなよ?』と、言う目で見て来たのは、俺は見逃さなかった。


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