第538話

「――そ、そんなことを……」


ゴクリと唾を呑み込む純也へと視線を向けながら、そう語る。

そんな純也は一言呟いたかと思うと、俺から視線を逸らした。

そして、拳を握りつつ口を開く。


「そ、そんな……、そんな、たらればの話をする事に何の意味があるんだ?」


 そう言葉を返してきた。


「凛子さんは助かったんだろう? なら、問題ないじゃないか! 確かに、優斗の言う通り、優斗が助けに来るのが遅れていたら大変な事になっていた。だけど、間に合ったんだろ!」


 ここまで話して、まだ理解しないのか? 自分が、どれだけ薄氷の上を歩いてきたということを。


「純也」

「な、なんだよ……」

「お前に戦いは向いていない」

「いきなり何を言って――」


 俺は寄りかかっていた柵から体を離し、純也を見たまま――、


「相手を殺す覚悟もない。何を守るのかも曖昧で、自身の戦闘の……行動の行いを正義というありもしない幻想で歪めて目を背け――、尚且つ、自身が助けると誓った人間の窮地にも助かったから良かったと、これから強くなればいいと過去の過ちを認めるような事をしない」

「優斗、変だぞ! 殺人は、良くない! そのことくらいは常識だろ!」


 そう純也は、力説してくるが、取り合う事はしない。

 何故なら戦いの場において――、命のやり取りが平然と行われる場において、人間の――、生物の命なんて、どこまでも軽いからだ。


「殺人がよくないね……。御大層な考えだが、その結果、大事なモノを失ったとしても、純也――、お前は耐えられるのか? 目の前で、自身の大事な人が、守りたいと思っていた人間が、殺されたとして、それでも殺人は良くないと語れるのか? それとも、それは正義の為だから仕方ないと相手を殺すのか?」

「――ッ!」


 目に見えて、純也の顔色が変わる。


「純也。お前には、何も見えていない。お前が、守りたいと宣言した言葉、その重みを、お前は何も理解できていない。何かを守る。誰かを守る。その言葉は、軽々しく口にして良い言葉ではない。そして――」


 一瞬で純也の間合いに入り込む。


「お前の守りたいモノを守るという主張は、お前自身が負けた時、全てを失うことになる。誰かを守るために戦う戦士は、背中に守るモノを背負っている。だから、誰かを――、何かを守りたいという戦士には負けることは許されない。だが、お前は負けた。負けた上で、殺人は良くないと綺麗ごとを並べた上で、正義を語っている。それが、どれだけ荒唐無稽ことか、それすらも理解できていない」

「た、たしかに……、俺には戦いってことは良く分かっていなかったかも知れない。だけど、これからは――」


 これから? コイツは……、まだ……、分かっていないのか?


「これからじゃない。今からだ」

「今からって……」


 戸惑う純也を他所に俺は携帯電話を取り出す。

 そして神谷へと連絡を入れた。


「純也。これから俺と同行してもらう。お前には、戦士として守る側として戦う立場を取るのか――、それとも何も知らずに守られる側に戻るのかを決めてもらう」



 

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