第537話

 俺の問いかけに無言になる純也を見て俺は――、


「答えを返せないと言う事くらいは理解している」

「優斗?」


 俺は、純也から視線を逸らし、病院の屋上を歩く。

 それは自然と純也から距離が離れることに他ならない。

 病院の屋上の縁に近づけば、落下防止用の金属製の柵が設置されており、その外側には4メートルほどの鉄の網が備えられている。

 そんな金属製の柵に、俺は腕を置き、屋上から街並みを見ながら、


「純也。お前は、自分の正義で守りたいモノを守りたいと言った。だが、それは正義という言葉を免罪符にして自身が行う行動を正当化しているだけだ」

「正当化……」

「ああ。正義なんてものは、この世界にも、異世界にも存在しない。立場によって、正義なんてモノは、変わるからな」

「――なら、優斗は、何のために戦っているんだ?」

「そうだな……」


 俺は自分の手を見る。

 その手は誰から見ても、一般人の――、普通の手にしか見えないだろう。

 だが、俺には見える。

 自身の手が血に塗れている光景が――、それは決して取れはしない。

 

「俺は、俺の為に戦っている。それ以上でも、それ以下でもない」

「優斗は、自分自身の為に――、その為なら……人を殺すことも躊躇しないということか?」

「ああ」

「そんなの! そんなの間違っている!」


 純也が叫ぶ。

 まぁ、そういう反応を返してくるよな。

 何せ、自己都合で相手を殺したりしているわけだし、そんなの客観的に見たら精神異常者の何者でもないからな。


「何が間違っているというんだ?」


 そこで俺は、純也を方へと振り向く。


「そんなの! そんなの! 優斗が言っていた正義という言葉で、力を行使する事と何が違うんだ!」

「まったく違うな」


 俺は柵に背中から寄りかかりつつ、


「俺は相手を殺す時に、殺すという認識をしている」

「認識?」

「ああ。自分の手で殺すからな。そのくらいは理解して殺している。だが――、正義という言葉――、認識、考えで戦闘に赴こうとしているお前はどうなんだ?」

「……それは、まずは話し合いで……」

「話し合いで解決できない場合は?」

「だから! それは……」

「戦いになれば、殺し合いになる。それは理解しているだろう? その時に、純也、お前は正義を持ち出して相手を殺すのか? 自身の認識、覚悟を正義という名の元に、執行するのか?」

「……」

「べ、別に殺さなくても! 無力化すればいいじゃないか……」

「はぁー」


 思わず溜息が出る。


「な、なんだよ!」

「お前が戦った男だが、少なくとも、お前に相手を殺す覚悟があったのなら、四条凛子という女を危機に陥らせる事もなく守れたと思うぞ?」


 少なくとも俺だったら、前鬼に相手の首を一撃で刎ねて殺すように指示していた。

 相手も戦闘については、多少経験はあったようだが、それでも前鬼の虚をついた攻撃なら殺すことは可能だっただろう。


「それは……」

「もし、仮にだ。お前が、負けたあと俺の到着が遅れていたら、四条凛子という女は死んでいたかも知れない。それでも、純也、お前は後悔しなかったと言い切れるのか?」


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