第536話

「な、何だって……、正義って正しい事に決まっているだろ!」

「なあ、純也」

「何だよ、優斗……」

「その正義の基準ってのは、誰が決めるんだ?」

「誰がって……、そんなの常識的に考えれば分かるだろう」

「『我が主よ。桂木優斗が聞いているのは、そう言った表面的なことではない』」

「――なら、何だって言うんだ? 普通に考えれば人に迷惑を――危害を加える奴が悪だろう」

「純也、その考えが、どれだけ危険かをお前は理解していない」

「……り、理解してない? ――お、俺の何が……何が間違っているんだ!」


 苛立ち、叫ぶ純也を見て、俺は思う。

 あの時――、異世界に召喚された俺に対して――、俺が正しいと思って行動していた時に、都が俺の行動と考えを指摘してきた時にも、俺と同じことを思っていたのかも知れないと。


「純也。正義ってのは、立場によって変わるものだ。それは、その人間がどういう役職、置かれている境遇、そして――国によってだ」

「そのくらいは知っている!」

「なら、国によって――、たとえば貧しい国が周辺諸国や先進国により搾取されて国民が飢餓に喘いでいたら、お前は、その貧しい国の大統領だった時に、武力でしか事態を改善できないと理解した時にどうするつもりだ?」

「そんなの話し合いで解決するべきことだ」

「その話し合いの最中にも飢餓で人は死んでいく。それを、お前は、自国の国民に自身の理想を押し付けて死すら許容させていくつもりか?」

「なんだよ……。そんな事になるなら、その前に何とかすればいいだろ」

「それが出来なかった場合のことを言っている」

「なら! 武力で――、戦争で何とかするべきだと思っているのか!」


 純也が眉間に皺を寄せ乍ら俺を見てくる。


「国のトップなら、自国のためにできることをする――、それは正義だ。だが、攻められる方からすれば、それは悪だろう? そこに常識を当てはめる事なんてモノは出来ない。常識なんてモノは、それは満たされている連中同士の戯言だ。危機的状況に陥った時にモノを言うのは力だけだ。話し合いなんてモノは意味はない」

「そんなことは……」

「どんな御為ごかしを言おうと、そんなのは誤魔化しだ」

「――なら、どうする事が正義だと言いたいんだよ……」

「正義なんて言葉を軽々しく口にするなッ!」


 正義なんてモノは、この世界には存在しない。

 あるのは――、存在するのは――、互いの立場による考えでしかない。

 そこに正義なんてモノを被せれば本質が歪む。


「――ッ」

「言っただろう? 正義なんてモノは、人が置かれている立場で簡単に形を変えると。そんな虚ろな概念を絶対的な思想――、考えだと、正義だと語ることが、どれだけ危険かを理解しろ」

「……」

「なあ、純也。俺が異世界に召喚された事は教えたよな?」

「……」


 無言で頷いてくる純也。


「俺は異世界では、冒険者として偽の勇者として英雄として戦ってきたが、それは異世界人に半ば強要されたものだ。魔王討伐という駒として召喚された俺は、どういう立場だと思う?」


 顔を上げた純也の目を真っ直ぐに見る。

 

「異世界人にとって、異世界人では対処できない魔王と相対する存在を召喚するだけでなく、自国民も傷つくこともない。それは、異世界人とっては正義だ。だが――、俺にとってはどうだ? 実際に命のやりとりをする場に、平和な日本から召喚された俺にとって異世界人は、どう見える? なあ、答えてみろよ」

「そ、それは……」

「俺に戦いを――、戦場を強要してきた異世界人は、俺にとって、どういう存在だ?」


  



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