第535話

「都、少し席を外す。純也、ちょっと良いか?」

「――え? あ、ああ……」


 近くに置かれていた純也の服をベッドの上へと投げて、純也が着替えるのを待つ。


「ねえ。優斗」

「何だ?」

「やっぱり、さっきの答えが気にいらなかったってこと?」


 相も変わらず都は鋭いな。

 だが、俺は答える事もなく肩だけを竦める。

 何故なら、戦いの心得なんてものは都が知る必要はないものだからだ。

 知るのは守る側――、戦う側だけでいい。


「待たせた」


 都は、俺から何の回答もない事に、溜息をついていたが、追及してこないあたり何かしら感じとるところはあったのだろう。

 俺は、純也が着替えたのを確認すると、二人だけで屋上へと向かう。


「なあ、何で上に上がっているんだ?」


 そう純也は問いかけてくるが、俺は答えずに階段を上り続け、屋上へと続くドアを開いて屋上に出る。

 屋上には、無数の洗濯後のシーツが竿にかけられて風で靡いている。

 一応、波動結界で周囲を調べて人が居ない事を確認してから、屋上の中心まで移動したところで、純也の方へと向き合った。


「――さて」

「やっと話す気になったのか? ――それで、ここまで俺を連れて来たって事は、さっきまで話していた事で納得できない事があったって事だよな?」


 どうやら、純也も馬鹿ではないようで、薄々で感づいていたようだ。

 まぁ、俺が純也を名指しで外行きの服に着替えろと言った時点で、普通は察するか……。


「まあな……」


 俺は肩を竦める。

 そして――、純也の方へと視線を向け直したところで、


「なあ、純也。お前、勘違いしていないか?」

「勘違い?」

「ああ。お前は、屋上で一度、負けたんだぞ? その事を忘れてはいないか?」

「分かっている。だから、強くなろうと思っているんだ。今度は、負けないようにするために!」

「はぁー。なぁ、純也。――いや、式神、聞いているんだろ?」

「どうして、俺とお前との会話の間に式神に――」

「『何用か? 桂木優斗』」


 赤銅の肌を持つ前鬼が、純也の体から出てくると顕現し、純也の真横へと姿を現す。


「前鬼!?」

「主よ。すまんな。この男とは、約束があってな。――で、どうして我を呼んだ?」

「お前も聞いていただろ? 純也の決意ってのを」

「『うむ』」

「安倍晴明の式神として長年、戦闘に携わってきた式神としては、どう思う?」

「『我は、主と契約した身。主が望むのなら、それに従うのが我らの定め』」

「なるほど……」


 つまり、式神にとっては純也の意向が全てってことか。


「『だが、安倍晴明と比べて、我が主は、戦いの場というのを理解していない事は確かである』」

「――なっ!」


 純也が驚く。

 

「前鬼! 何を言って!?」

「『我が主。峯山純也よ。先ほど、正義の為に、戦うと言ったが――、その正義というのは、主たる峯山純也の主観の正義であるか?』」

「……な、何を……言って……。……そ、それに……、……ど、どういうことだ?」

「『そのままの意味である。正義。そう、正義と先ほど、我らが主は言ったが、その正義とは何だ?』


 いきなりの質問に、言葉を詰まらせた純也に向けて、純也の式神の前鬼は、そう問いかけた。




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