第505話

 男が赤く濁った眼を俺に向けてきたと同時に、前鬼と後鬼が、前へと移動する。

 

「安倍晴明の式神か……、久しぶりだな」


 視線は、俺に釘付けのまま。

 だが、声は純也ではなく式神に向けられていた。


「『貴様は封印されていたはずでは……』」


 前鬼が口を開く。


「そうなんだがな……。封印が解けて自由になったってところだ」

「『馬鹿な。1000年程度で、安倍晴明様の封印が解けるはずが――』」

「それが解けたんだよ。そう、お前達が守って来た寄生虫のおかげでな」

「『我らが主であった方の生き様を愚弄するつもりか!』」

「別に、そんなつもりはない。ただ、まあ……、今の人間世界を見れば分かるだろう? どこもかしこも人間の欲望のせいで世界は荒廃の一途を辿っていることに。そいつは1000年前と比べて致命的なまでに星を食いつぶしている。お前らの主だった安倍晴明だって、占星術で、預言はしていただろ」


 3メートル近く巨大な体躯を持つ鬼を見ても平然と話す男は、普通の人間から見たら異常と言えるモノだが……。


「後鬼! 前鬼と対話しているアイツは一体、誰なんだ? 霊ではないのは分かる。だが、存在力が桁違い……」

「『主よ。やつは十二支精霊の力を宿す人間だ』」

「人間? だと? あれが……」

「『そうだ』」


 純也の瞳が青く光っているが、それは霊視を使っている影響なのだろう。

 額から汗が噴き出している。

 さらには体も心なしか震えている。


「まぁ、お前らも、そんな出来損ないと契約したんだから、本来の力は震えないだろう? だったら、俺に勝てないというのは分かるよな?」


 男は、歩き出す、そう――、俺に向かって。

 ゆっくりと着実に近づいてくる男。

 男が、前鬼と後鬼の横を通り過ぎようとしたところで、前鬼が突然動く。

 前鬼が横薙ぎに振るった大太刀。

 それは風を纏って男の首を刈ろうとするが、大太刀は男の首に触れるか否かで突然、空間に呑み込まれるようにして消失した。


「『主! ここは、我々が時間を稼ぐ! すぐに――ぐはっ』」


 途中まで言いかけたところで前鬼の体が吹き飛び、屋上から投げ出されグランドへと激突し砂塵を巻き上げた。

 

「今日は、戦いに来たわけではない。申し訳ないが、席を外してくれると助かる」


 男が腕を振るう。

 すると、氷の弓矢を番えていた後鬼の足場が闇夜に喰われ、足場を無くした後鬼が落下する。

 あとに残されたのは、俺と純也だけ。


「凛子さん。走れますか?」

「やれやれ――。僕が逃がすとでも?」


 純也が、動こうとした途端――、その体は屋上のコンクリートの上に崩れ落ちる。


「……か、体が……、動かな……」

「陰陽五行すら満足に操れないとは……、それでも安倍晴明の式神を使役していると言えるのか……、本当に嘆かわしい」

「何を言って……、ぐあああああ」


 純也の骨が軋む音が聞こえてくる。

 

「さて――、邪魔者も居なくなったことですし……」


 男が、俺の方を見てくると、唐突に舌打ちし――、足元を見る。


「凛子さんに近づくな……」

「まったく、僕は君には要はないと何度言えば分かるのか」


 男が、純也を蹴り飛ばす。

 腹を蹴られた純也は、重力を無視するかのように屋上の上を10メートルほど吹き飛び、手すりに身体を強かに打ち倒れる。

 まだ意識があるようだが、額から血を流しており、手を俺の方へと伸ばしてきている。


「さて、桂木優斗。いや、いまは四条凛子と言った方がいいか?」

「俺の正体を知っているという事は、お前は何者だ?」

「中々に面白い反応ですね。まぁ、身内が、あそこまでやられて黙っている時点で、アナタも我々と同類というのは察することが出来ましたが……」

「俺の質問に答えてもらおうか?」

「ああ。そうですね。アナタには答えてもいい事になっていました。僕の名前は、スペルダーク・ルシフェル。重力を司る至精霊の加護を受けた星の守護者です」

「星の守護者……だと?」

「はい。そして、統括者の命に従いアナタを勧誘に来ました」







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