第456話
「あ、そうでした。凛子様」
「……」
先ほどまで、俺のことを桂木警視監と呼んでいた女性私服警察官が、使用人の前だからなのか呼び方を変えて、俺の偽名を呼んでくる。
「何でしょうか?」
仕方ない。
どうやら俺の呼び方を使い分けている以上、使用人は、俺の正体を知らないようだし、此方も話を合わせるしかない。
「神谷様が、お屋敷に到着したらご一報欲しいとのことです」
「そ、そうですか。わかりました」
「それでは、私は社に戻ります。あとのことは、執事長の高柳(たかやなぎ)さんから聞いてください」
「高柳?」
「お嬢様。私が高柳(たかやなぎ) 豪(ごう)と言います。本日から、宜しくお願いします。それと、こちらがお嬢様専属ということで仕えさせて頂く、森原(もりはら) 加奈子(かなこ)と、言います」
身長が190センチ近い長身の20代後半のイケメンが、紹介してきたのは20代前半の女性。
ボブカットのメイドで――、
「森原 加奈子と言います。本日より、お嬢様の身支度を担当させて頂きます」
「よ、宜しくお願いするわね」
それにしても、日本にも執事とかメイドとかいるのか。
すっかり異世界だけの職業だと思っていたな。
「それでは、お部屋までご案内致します」
仕方なく、俺は黙ってメイドの後をついていく。
そして、部屋に通されたところで、部屋の中の作りというか、配色がピンク一色で立ち眩みを覚える。
西洋風の天蓋付きのベッドに、ドレッサーに、細かな彫刻が施されたテーブルや椅子。
さらにベッドの上には、所狭しと、様々なぬいぐるみが置かれている。
完全に乙女モードな部屋だ。
一体、神谷は何を見て考えて、こんな部屋を作ったのか? と、小一時間問い詰めたくなるレベル。
「あの……、ここが私の部屋で合っていますか?」
「はい。私達を雇用された当主様から、こちらの部屋がお嬢様の部屋だと伺っております」
「……そうですか」
頭痛い。
「お嬢様。先に湯浴みなど如何でしょうか? コック長が料理を作っておりますので」
コックも雇っているのか!?
まぁ、深窓の令嬢設定なら、居ないとおかしいが……。
「そうね。お願いできるかしら?」
「はい。それでは――」
湯浴みを手伝おうとしたメイドに関しては、自分ひとりで入れると上手く伝えて風呂を、一人で入る事に成功したが――、
「どうして……」
「どうかしましたか? お嬢様」
「何でもないわ」
俺は、着ているドレスを見て溜息をつく。
まったく、神谷は何を見て、こんな設定にしたのか……。
冒険者時代に後宮で働いていた時よりも、メイドが甲斐甲斐しく世話を焼こうとしてくるんだが……。
食事を終えて、部屋に戻ったあとは、用意されていたネグリジェを頭からすっぽりとかぶってベッドの上で横になる。
ちなみにメイドは隣の部屋に待機中。
「お腹空いた……」
フランスのフルコースみたいな料理が出てきたのは良いが、正直言って量が全然足りない!
明日、学校に電車で向かう時に千葉駅あたりの立ち食いうどんを食べ尽くすしかないな……。
このまま少食のままだと、一生、男に戻れずに過ごす羽目になりそうだ。
「そういえば……」
俺は携帯電話を取り出す。
そういえば、さっき私服の女警官が、家についたら神谷に電話してくれって言ってたよな?
電話をかける。
数コールなったあと――。
「神谷です」
「桂木……です」
途中まで言いかけたところで、丁寧語に直す。
隣の部屋のメイドに聞かれたら面倒だからだからだが。
「これは、ずいぶんと可愛らしい声に……」
「要件はなんでしょうか?」
「桂木警視監の身分ですが、四条薬局の御令嬢と言う事に致しましたので、苗字は四条ということでお願いします。たしか、お名前は凛子にされたんですよね?」
「……そうですわね……」
「それでしたら、四条(しじょう) 凛子(りこ)と言う名前で、明日の登校までに戸籍を作っておきます」
「それよりも四条薬局という名前を勝手に第三者が使用しても大丈夫なのですか?」
「問題ありません。1000億円で経営権を購入しましたので、経営権は桂木優斗で購入しています。なお元の会長や社長などは、そのまま継続して働いてもらっていますので、特に桂木警視監が運営に携わる必要はありません」
「そ、そうなのですね。でも、お金とか……」
「大丈夫です。本日、日本国政府より中性子爆弾を食い止めた功績として5000億円が、桂木警視監の口座に振り込まれましたので問題ありません」
「そ、そう……」
「あと、桂木警視監のお部屋ですが、お金持ちのお嬢様の部屋というのが想像が出来なかったので、桂木警視監が利用する部屋は、乙女ゲームに出てくる姫の部屋をモチーフにアレンジしました」
「そ、そうなのね……」
「はい。それだけ乙女風の部屋でしたら、足がつくようなことはないと思います。あと、詳細につきましてはメールでお送りしておきましたので、後程確認しておいてください」
「わかったわ」
電話を切ってベッドの上で横になり、俺は瞼を閉じた。
とりあえず眠い……。
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