第455話

 ――時は、少し遡り峯山純也にお姫様抱っこされてリムジンに乗せられたあと、


「はぁー」

「どうかしましたか? 桂木警視監」

「どうも何もない」


 俺は話しかけてきた私服の女性警察官に答えながら、背もたれに身体を預けた。


「それにしても、桂木警視監が、こんなに可憐な女性になるとは驚きました」

「ほっとけ。それよりも、俺のことを知っているのか?」

「はい。以前に、各都道府県の幹部と顔合わせがあった時に、機材の設置などを手伝いました」

「なるほど……。それで神谷は何か言っていたか?」

「桂木警視監と連絡が取れないことに憂慮していました。ただ、スナイパーが確認したところ、保健室で寝ている事と、峯山純也氏の姿が確認できましたので、対策の為に色々と準備を行っているようです」

「準備?」

「はい。主には邸宅の用意です」

「邸宅ね……って!? 家!?」

「はい。一応は、深窓の令嬢という設定とのことでしたので、それなりの規模の家を購入したとの事です」

「もう購入したのか……」

「全権を任されていると言う事もありますので……」

「なるほど……。――で、今は、その家に向かっているということか?」

「はい。そうなります」


 車は、千葉市内を通り過ぎ、山道へと進んでいく。

 ゴルフ場を抜けたあとは、土気駅を超える。

 そして――、到着した場所は、あすみが丘と、書かれていた。

 周囲には大きな邸宅ばかりが立ち並ぶ場所。


「今回は、時間が無いとのことでしたので、不動産会社には無理を言って購入したそうです」

「ちなみに幾らだ?」

「4億円とのことです」

「偽装の為に4億円……。家具などに関しては、新品のモノを購入し陰陽庁より300人を導入して設置と清掃を行ったそうです」

「……私的な事に、陰陽庁を使うとか……、どうなんだろうか」

「さあ? ただ、神谷警視長は問題ないと言っておられました」

「まぁ、それなら、それでいいんだがな」


 リムジンは、あすみが丘の中でも一際大きな門構えを見せる邸宅へと向かって走っていく。

 門前まで到着したところで、自動で門が開く。


「金かかっているな……」

「それでも桂木警視監の資産から見れば微々たるものですから」

「……それを言われると何とも言えない」


 リムジンは敷地内を少し走ったところで停まる。

 そして、車を降りたところで、真正面に見えるのは2階建ての巨大な洋館。


「これって……、部屋とか幾つあるんだ?」

「資料によりますと、1階にリビングが一つ。ファミリールームのリビングが一つ。ダイニングが一つ。キッチンが2つ。サービスルームが一つ。他に洋室が3部屋です。2階には、洋室が6部屋、和室が2部屋。バス、トイレは、各階に一か所ずつとのことです。あとは、プールや露天風呂なども……。それと車を5台まで停められる車庫もあるようです」


 俺の問いかけに、資料を見ながら答えてくる女性私服警官に、頭を抱える。

 深窓の令嬢という設定でも、これはやりすぎだろうと。


「それとバトラー養成所卒業生を一人、ドメスティックヘルパーを20人、ボディガードを10人ほど雇用したとのことです」

「バトラーって執事って意味か?」

「はい。あとは、ドメスティックヘルパーは日本で言う所のメイドです」

「なるほど……。ち、ちなみに……、ひ、費用は?」

「執事には、年間契約として800万円。ドメスティックヘルパーは、一人につき年間契約料500万円。ボディガードは1時間あたり1万とのことですので、一人あたり年間契約料2000万円ですので……。諸経費含めて人件費としては合計で、5億円程度とのことです」

「つまり、俺は深窓の令嬢という設定のために邸宅購入費を合わせて10億円を使ったということか?」

「はい。そうなります。やり過ぎでしたら、神谷警視長に連絡をした方がいいかと」

「いや、そうなると解雇とかで問題になるだろ。このままでいい」

「分かりました。それでは、車の維持費、運転手につきましては、年間、別途2億円ほどかかりますので」

「……」


 高すぎる!

 

「そ、そうか……」


 あとで神谷に連絡をしておこう。

 いくら設定とはいえ、やりすぎだと。


「あと運転手につきましては、千葉県警の交通機動隊の定年退職した人間を再雇用するとのことです」

「もう好きにしてくれ」


 純也のことですら頭が痛いというのに……。

 俺は家の両開きのドアを開く。

 すると扉を入った玄関ホールには、メイドの恰好をした女性達と、執事の恰好をしたイケメン男性が立っていた。

 そして、俺の姿を見るなり頭を下げてくると――、


「「「「「お帰りなさいませ、お嬢様」」」」」


 ――と、挨拶をしてきた。

 

「……あ、はい……。たたいま……」


 もはや俺は、半笑いしながら、そう返すことしかできなかった。

 あと、神谷、少しやりすぎだ……。 



 


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る