第454話

 ――峯山純也が、桂木優斗を校門に停まっていたリムジンまで送り届けた夜の神楽坂邸の一室。

 

 神楽坂都の部屋。

 部屋には、神楽坂都がパジャマ姿で天蓋付きのベッドの上で横になっていた。

 そんな部屋の中で響き渡る着信音。


「はい。都です」

「都か! 俺だ! 純也だ!」

「名前を言わなくても電話番号を見れば分かるわよ。それで、こんな夜中に電話をかけてきてどうしたの?」


 神楽坂都が、自室の壁掛けの時計へ目を向けると、時刻は午後9時を過ぎていた。


「なんだか、嬉しそうな感じだけど……。優斗とは仲直りできたの?」

「――いや。優斗は居なかった」

「え? でも、保健室で、テストを受けていたのよね?」

「まぁ、そういう話だったけど、それよりも、もっと重要なことがあったんだ!」

「重要なこと?」


 峯山純也の嬉しそうな声に、首を傾げながら聞き返す神楽坂都。

 彼女としては、喧嘩中の幼馴染同士が仲直りするのが一番いい案ではあったから、あまり良い事とは捉えてはいなかったが、久しぶりに登校した時に塞ぎ込んでいた幼馴染の純也の様子を見ていたこともあり――、


「ああ。あの子がいたんだ!」

「あの子?」

「そう! 幼稚園の時に、出会ったあの子だよ!」

「うーん?」


 峯山純也が何を言いたいのか把握できてない神楽坂都の反応は希薄であった。


「幼稚園の時に! 都の家に遊びに行った時に! 都の知り合いの女の子がいたろ! あの子がいたんだよ!」

「…………え? そ、それって……、純也がうちに遊びに来た時に、会った子?」

「そうそう! いやー、俺も一目見た時は、びっくりしたんだけどさ!」

「え? 嘘でしょ? だって……あの子……(お母さんの趣味で、女装させた優斗だったんだけど!?)」

「どうした? 都」

「ううん。えっと……、本当に……ゆう――じゃなくて……その女の子に会ったの?」

「そうだけど?」

「待って――。ちょ、ちょっと待って(ありえないわ。だって、あれは、お母さんが女装させた優斗で、たしかに、あの時の優斗は小さくて可愛くて、お母さんが無理矢理女装させて楽しんでいたけど……、それが今、出てくるとか、そんなことがあるわけが……)」

「どうした? 都」

「――え、えっと……、その子って……、ホントに、純也が、ずっと好きだった子なの?」

「当たり前だろ。俺が10年間も想い続けてきたんだから間違いない! それに――」

「それに?」

「俺のことを、『純也さん』って、名前で呼んでくれたんだぞ! 名前を教えてなくても! これは、もう決まりだろ!」

「え? それって……、夢とか幻とかじゃなくて、本気で言っているの?」

「本気だよ。――っていうかさ、どうして都は、教えてくれなかったわけ? 俺が、ずっと小さい頃から、好きだった子って知っていただろ?」

「どういうこと?」


 完全に混乱の真っ最中な都は、頭の回転が会話の内容に追いついていない。


「凛子ちゃんだよ! 凛子ちゃん! 今の学校に通っていたんだぞ。都の遠い親戚の子だからって何も教えてくれなかったのにさ、もしかしてサプライズのつもりで教えなかったとか? まったく、俺は10年近く彼女を作らなかったのは凛子ちゃんを待っていたからなのに! ふう……。まぁ、今日は、目出度い日だから、愚痴は言わないけどさ!」

「……(意味が分からないわ。そもそも凛子ちゃんって誰!?)」


 都の脳内は混乱の極致へと。


「凛子ちゃんは、体が弱いらしい。だから、ずっと登校は出来なかったって言っていたから。でも今日から少しずつ慣らす為に保健室から登校をスタートしたらしいから……」

「純也」

「何?」

「それって、脳内彼女とかじゃないわよね?」

「おいおい。俺が、頭のおかしな奴だと思ったのか?」

「そうじゃないけど……(意味が分からない……)」

「まぁ、明日! 凛子ちゃんを紹介するからさ! まだ彼女になってくれって言ってないけど、凛子ちゃんは、俺のことを素敵とかカッコいいとか彼女にして欲しいとか遠回しに言っていたから、たぶん、俺の彼女確定だと思うし! じゃ! 都! また明日!」


 ブツ、ツーツー。


 電話が切れる。

 そして、そんな通話が切れたスマートフォンを見下ろしながら神楽坂都は考えた。


「凛子ちゃんって誰?」







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