第452話

「大丈夫ですから――」

「いや、今倒れそうになっていましたよね? 良かったら、保健室まで連れて行きますよ?」

「いえ。結構です」


 俺は、残った力を振り絞りながら純也の腕の中から脱出する。


「そうですか……」


 何だか、すごく残念そうな顔をしているが……。


「あの――」

「何か? 手伝って欲しい事でも?」

「いえ。そう言う事ではなくて……。この時間は、学生は午後のホームルームの時間だと思うのですが、どうして、純也さんは、この場所にいるのかと……」

「――え?」


 俺の問いかけに目を大きく見開く純也。

 俺は思わず、純也の何時もとは違う様子に首を傾げる。

 どうして、そんなに頬を赤く染めて驚いたような表情で俺を見てくるのか。


「ど、どうして、俺の名前を?」


 あー、やっちまった。

 つい、純也の名前を呼んでしまった。

 しかし、不可抗力。

 まだ取返しはつく。

 ここは適切なフォローと、態度で何とするべきだろう。


「えっと……、名前は……、純也さんはサッカー部に所属していて、カッコいいなって……。あ! カッコいいって思ったじゃなくて! 私の知り合いの女子が、そう言っていただけなので! だから! 私は、何とも思っていませんから! 勘違いしないでくださいね!」

「……」


 後宮では、女性だけだったから、男相手に何と言っていいか分からないが、とりあえず、純也がサッカー部に所属している事は本当だし、カッコいいと変に失言した事に関しては、知り合いの女子が! と、いう形でフォローを入れたし、純也のことは何とも思っていないとハッキリと言ったから問題ないだろう。

 その割には、沈黙を貫いている純也に、少し嫌な予感がするんだが……、気のせいだよな? 

 俺、何か変なことを言ってないよな?


「……まえ」

「え?」

「名前を教えて頂けますか?」

「えっと……」


 俺は壁に寄りかかりつつ、ジリジリと純也から離れていく。


「俺は、峯山純也と言います。お名前を教えてもらえますか!」

「……」


 名前なんて、そんな設定! 考えてないぞ!?

 名前、名前、名前――。

 桂木優斗って名前で言うか?

 ――いや、さすがに俺の身バレをするのはマズイ。

 ――なら、どうすればいい! 

 俺が知っている名前なんて――、女子の名前なんて、そんなの限られるぞ!

 エリーゼの名前は、すでに諏訪市で使ったし! 他に使える名前なんて……。

 俺の知り合いの大賢者リコリッタ・フォン・アバンスくらいしかない!


「凛子です」

「凛子?」

「はい。凛子と言います」


 リコリッタの名前から、リコだけを取り出して名前として口にする。


「お名前は、凛子さんって言うんですか?」

「は、はい……」

「そうですか。凛子さんって名前、とても素敵ですね」


 おい! 俺の前にいるコイツは一体! 誰なんだ? 純也だよな? 何を歯が浮くようなセリフを口にしているんだ!?


「そんなことありませんわ」

「――いえ! 何だか、分からないけど、昔から知っているような気が……。それに、とても清楚で可憐で美しくて――、凛子って名前は、そのまま貴女をあらわしているようです」


 コイツは、こんなにアホなセリフを口にするようなキャラだったか?

 どう考えても、純也にとっては黒歴史にしか感じないが?

 ここは親友の俺だったから何とかなっているが、そうじゃなかったら、明日には学校中にアホな貴公子って仇名で呼ばれていることだろう。


「お上手ですね。あの、それで……、どうしてこのよう場に?」

「あ、実は友人が保健室でテストを一人で受けていると聞いて、それで話があって――」

「まぁ、そうでしたの?」

「ただ、凛子さんに会えたので、もういいです」


 おい! いいって、どういうことだ!

 もう少し友人を大事にしたらどうだ!

 

「凛子さん」

「――は、はい?」

「良かったら一緒に帰りませんか?」

「結構です」


 バッサリと切って捨てる。

 どうして、俺を蔑ろにするような奴と一緒に帰らないといけないのか。

 俺はカバンを持ったまま昇降口に向かおうとするが、途中で力が尽きてしまい廊下の上に崩れ落ちる。

 息切れが酷い。

 力が殆ど入らない。


「大丈夫ですか? 凛子さん」

「――だ、大丈夫です。それよりも保健室に行かなくていいのですか?」

「今は、凛子さんの方が大切なので。少し失礼します」


 純也が、俺のことをお姫様抱っこで抱き上げると、小走りで保健室まで連行していく。

 

「保健室の先生はいないみたいだ」

「そ、そうですか……」

「少し寝ていればよくなると思いますから、またあとで来ますね」

「――いえ。お構いなく」


 俺の最後の言葉を聞く前に、純也は保健室から出て行ってしまった。

 

「はぁー」


 閉まった扉を見て、思わず溜息が出る。

 とりあえず、少し寝て体力を回復させるとしよう。

 家に帰ったら、とりあえず食事だな。


 

  


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