第450話

 ――午前9時少し過ぎ。


 閉校した真砂中学校を新校舎として使用していた山王高等学校の校門の前に一台の黒塗りのハイエースが停車した。

 

「桂木警視監。制服の方はどうですか?」

「特に問題はないな」


 そう俺に話しかけていたのは、神谷警視長。

 現在、黒塗りのハイエースの内部には、女性モノの下着や制服などが入った箱が所狭しと並んでいる。


「しかし、この短時間で、よく用意が出来たな」

「何かあった時の為にと、山王高等学校の制服の用意はしておいたのが幸いしました。それにしても桂木警視監は、ずいぶんと女性の服を着るのに慣れていますね」

「まぁ、色々とあったからな」


 特に冒険者時代には、後宮で侍女として暮らすクエストとかあったからな。

 女性に変装できる男の冒険者とか色々と使い勝手が良かったから俺専用クエストって感じで、よく指名依頼があったくらいだし。

 女性用のブレザーを着たあと、椅子に座りながら、俺は神谷が髪の毛をセットしている間に、設定資料に目を通していく。


 資料には、色々と書かれているが――、


「俺の設定上は、旧華族の深窓の令嬢って感じでいくのか……」

「はい。あと世間知らずのお嬢様設定ってことも忘れずにお願いします。それと現在は、通常の一般女性まで身体能力が落ちていると、先ほど伺いましたので病弱と言う事で行きましょう」

「まぁ、身体能力は落ちてはいるが、それでも戦闘技術はあるが……」

「そういう事は止めてくださいね」

「分かった分かった」

「それと、俺様口調で話すのも禁止にしてください。あくまでも、深窓の令嬢という設定で、理事長からは許可を取りましたので」

「それって、理事長には俺のことは話したってことか?」

「いえ。あくまでも桂木優斗を監視する目的ということで依頼しました。すんなりと受けて頂けました」

「そ、そうか……」


 どうして、そこまで俺のことを理事長が恨んでいるのかは知らないが、許可が下りたのなら問題ないか。


「そのため、理事長の山城裕次郎氏は、かなり好意的に、接してくるかと思いますので、ボロが出ないように注意してください。山城氏から見たら、桂木優斗という人間は、娘の山城綾子氏と同棲していた人間と敵視されているようですので」

「ふむ……」


 そんなことがあったのか? と、思考してしまうが、恐らく魔王軍と戦った時に、記憶を喰われたのだろうと納得する。


「了解した」

「それでは、直接、保健室に行ってください。そこでテストが受けられるように、配慮して頂いていますので」

「分かった」

「――では、髪のセッティングも終わりました。テスト、頑張ってきてください」

「行ってくる」

 

 ローファを、車の中で履く。

 そして、カバンを片手に車から降りたあと――、


「あ、神谷」

「桂木警視監! 口調!」

「ああ。悪い――、ゴホン!」


 後宮で侍女として働いていたころを思い出して姿勢を正す。


「それでは、神谷さん。私、帰りのどう帰ったらいいのかしら?」

「……車を――、リムジンを手配しておきます(話し方から、立ち位置まで、一瞬で女性らしく代わったけど……、桂木警視監は、何かへんな特技でも持っているのかしら?)」

「分かりました。それでは行ってきますね」


 そう言葉を返し、すでに学生たちの姿が見えなくなった昇降口までの道のりを優雅に歩く。



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