第360話

 捜索会議が始まり、現状、把握できている状況が刑事たちにより報告されていく。


「現在、分かっている範囲では、こちらの――、いずみ湖公園キャンプ場から、夢の池公園にかけて失踪者が多いことが判明しています」


 ホワイトボードにピンが置かれ行方不明者の顔写真などが貼られていく。


「あとは、主に国道40号線付近の山間部にて行方不明者が出ています」


 次々と、貼られていく失踪者の写真。

 その様子を見ながら――、


「ずいぶんと範囲が広いな……」


 俺は独り言のように呟く。

 国道沿いの山間部、さらにはキャンプ場から湖の湖畔、登山者が昇った山の神を祀っているという神社付近まで見ると、その範囲は途方もなく広い。


「はい。それで捜査が難航していまして――。あまりにも範囲が広すぎのですよ」


 俺の呟きに答えてきたのは、横に座っていた諏訪警察署の署長、都築であった。

 まさか、俺の独り言に答えてくるとは思っていなかったので、少し驚いたりはしたが――、


「まったく手掛かりはないのか? すでに4日が経過しているんだろう?」

「じつは山の中を捜索していた警察官が10名以上行方不明になっていまして……」

「行方不明の場所は?」

「ホワイトボードに、黄色いピンが刺さっている場所です。赤いピンは、市民のモノです」

「白いピンは?」

「民間の山岳遭難救助隊のモノですね」

「俺に依頼が来た時よりも、ピンの数が明らかに多いんだが? それは間違いか?」

「じつは、太陽光パネル業者が雇っている人夫は、公表されてなく――」

「公表されてない?」

「色々と上の方から圧力が掛かっていまして……」

「上からの圧力ね……。それは関東管区警察局からか?」

「――! よ、よくご存じで……」

「まぁ、色々とあってな……。――で、圧力をかけてきた人間は?」

「山本一茶警視正です」

「山本ね……」

「ただ、一昨日、東京湾で死体として見つかったと……」


 つまり口封じか……。

 俺は思わず唇に手を当てながら考える。


「――で、圧力は無くなったのだから公表はするんだろう?」


 頭を振るう都築。


「つまり、市民に余計な不安を――」


 そこまで言いかけたところで――、俺は口を閉ざす。

 

「なるほど。つまり、公表するタイミングを逃したというわけか……。それで、黙っていると――」


 俺の言葉に無言な都築を見て内心溜息をつく。

 簡単な理屈だ。

 警察上層部が、太陽光パネルの業者の人夫を公表するなと圧力を掛けて来て、実際に公表せずに居たという事は、それは傍から見たら情報隠蔽に他ならない。

 そして圧力をかけてきた人間が死んだとしても、隠蔽自体を行ったという事実は変わらず、警察の威信が落ちることは避けられないとなれば、おいそれと発表はできないと。

 

「それで、俺に依頼してきたってことか……」


 異世界に居た時は、山で遭難して生還できるタイムリミットは一週間ほど。

 ただし、それはサバイバル技術に長けた冒険者だから出来ることであって、地球の一般人が、一週間も山の中で生存できるとは到底思えない。

 そして、最初の一般人が失踪してから、今日で4日目となると……。


「他意は無かったのですが……」

「他意も何も、俺に依頼してくる時点で、正確な情報を渡されないと困るんだが? 情報の有無によっては直ぐに動かないといけない場合がある事くらいは分かるだろう?」

「それは、分かっておりますが……。長野県警察本部の上層部では、今回の情報に関しては漏れることを防ぎたいという意向もありまして……」


 都築が、額の汗を拭いながら弁論してくる。


「とにかく行方不明者の数は48人か」

「そうなります」


 まったく33人という話は何だったのか。

 俺と都築が話している間にも刑事たちの話は続いていく。


「次に、検問をしていた近くに乗り捨てられていた自家用車を発見しました。調べたところ車の持ち主は、5月の連休を利用して家族旅行に来ていた高橋夫妻と、その子供が乗っていたことが分かっています」


 ホワイトボードに貼られる写真。

 車は、山間部の車道の脇に停められているが……。


「事故の形跡はありませんでした。運転手と、その家族だけが忽然と姿を消しています」


 そう刑事は報告すると席に座る。


「都築警視正」

「どうかしましたか?」

「車の中から人が行方不明になったという事件は何件あるんだ?」

「私が知る限り、この一件だけですが……。それが何か?」

「――いや。何でもない」


 捜索会議で話を聞いた限り、高橋夫妻が行方不明になった件は、他の失踪した人物たちと内容が異なっている。

 



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