第353話

 ピシャリと、音と立てて扇を閉じる伊邪那美は、ソファーに座り直す。


「よかろう。それでは答えてしんぜよう」

「いきなり威厳を見せてきたな」

「茶化すと答えてやらんぞ?」

「はいはい」


 肩を竦めながら、俺は伊邪那美の対面側のソファーへと腰を下ろし、飲みかけの自身のペットボトルを手に取り口に含む。


「――で、何が知り合いのだ?」

「これを見てくれ」


 俺は、長野県で発生している行方不明者の事件についての資料を取り出し、テーブルの上に置く。


「ふむ……」


 資料を手に取り捲っていく伊邪那美の手は淀みなく動き――、


「それで、この事件について何が知りたいのだ?」

「これには神が関与しているかどうかを知りたい」

「なるほど……。だが、桂木優斗。残念ながら有益な情報はない。まず長野県諏訪市に存在する神は【 建御名方神(タケミナカタ)】という国津神であり軍神にして水神だ。かの者が、手を下すような事ならば、このような行方不明という形では、問題は起さん」

「つまり、神は関与していないという事か?」

「確定は言えぬが、その可能性は非常に高い。それに御霊だけになった神々が、人を害せるほどの力を有している可能性は低いからの。根源神であり、特定の状況下であるなら、話は代わってくるがの」

「そうか……」


 それなら、今回の事件は神が絡んでいる可能性はないと見た方がいいって事か。


「それよりも、この写真を見てみい」

「――ん?」


 伊邪那美が指差したのは、山の中で取られたであろう木の一角。


「この木の表面に削り取られたような跡があるであろう?」


 よくよく見ると、写真に写っている木の表面の一部が、グラインダーで削られたような跡のようになっている事に気が付く。


「これは恐らく、蛇神の仕業だと妾は思うぞ?」

「そうか。参考になった」


 姦姦蛇螺の件については、伏せたまま伊邪那美に見せたが、鋭い指摘が飛んできたのは、さすがに驚いた。


「まぁ約束ではあるからの。何か、他に聞きたいことがあれば聞くがよい」

「――いや、神が関与していないだけで十分だ」

「そうか……」


 そこで話は終わり、俺はソファーから立ち上がる。


「白亜、エリカ。帰るぞ」

「了解した。マスター」

「分かったのじゃ。ご主人様」


 先に二人とも、事務所から出ていき、最後に俺が事務所から出ようとしたところで――、


「桂木優斗。汝が、何に関わろうとしているかは分からぬが、今回の汝が持ち込んだ件は、おそらく人間が関わっていると見てよい」

「どうして、そう言い切れる?」


 思わず足を止める。


「神としての感であるな」

「つまり人間が、この神隠しの事件に関与しているってことか?」

「可能性は高い」

「……分かった。気を付けるとしよう」

「うむ。人間が、一番危険であるからの」


 忠告を受けた俺は事務所から出て扉を閉めた。



 

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