第352話

「これは酷い……」


 ポツリと呟くエリカ。


「うむ。さすがに女人が見せていい顔ではないの」

「旦那、もう動かしても大丈夫ですか?」

「ああ……」


 床に打ち捨てられたかのように寝ているパンドーラを抱き上げて、事務所の一角のソファーへと寝かせる山崎は小さく溜息をつく。


「旦那。痛みとか、軽減することも出来たのでは?」

「ああ。出来たが、パンドーラは俺に迷惑をかけたからな。そこまで気にかけるつもりはなかったな」

「桂木優斗。もう少し、女性に対して優しさを持って接した方がいいのではないのか?」


 伊邪那美の言葉に、俺は肩を竦める。

 

「言っておくが、肉体を再生したのは約束を守っただけだ。本来なら、パンドラの箱ごと消し飛ばしているところだぞ?」


 まったく――。

 俺は虫かごに入ったままのパンドラの箱へと近づく。


「それじゃパンドラの箱は処分するぞ?」

「うむ。それでよかろう。そういう約束になっていたからの」


 頷く伊邪那美。

 それに対して、驚いた表情をエリカは見せる、


「ま、マスター。パンドラの箱を処分する? バチカンへは」

「必要ない。そもそも、こんな危険な代物、人間の手に渡すなんて危険すぎるからな」

「エリカ。ご主人様の判断が正しい。人間というのは、力を手にすれば力に呑まれるからの」

「じゃ、処分するぞ」


 俺は、虫かごの中に入っているパンドラの箱を掴む。

 すると一瞬で灰色から漆黒の色へとパンドラの箱は染まっていく。


「やはり桁違いだのう」

「何を感心しているんだ」

「――いや、何でもない。それより、それを、どう処分する気なのだ?」

「決まっている」


 俺は箱を丸かじりし、咀嚼して、その成分を全て体内に吸収する。

 それに伴い膨大な負の感情や呪術らしきモノが身体を体内から浸食していく感覚を味わうが、それら全てを意図的に食らい尽くす。


「お、お主……、何をして――」


 伊邪那美が、固まる表情で――、震える声で話しかけてくる。


「だから、処分だと――」

「そうではない! どうして、そのような処分の方法をしたのだ?」


 何を伊邪那美は驚いているのか。


「処分の方法についてか? そうだな……。本来なら消し飛ばしても良かったんだが、肉体の修復とエネルギーが足りなかったからな。それで食べて吸収した。それだけのことだ」


 実際、パンドラの箱に蓄積された膨大な負のエネルギーで、魔王軍と戦った身体は完全に回復したし。

 ただ、それでも全盛期から比べたら3%ほどと言ったところだが……。


「マスター。本当に、身体には何の影響もない?」

「ああ、至って健康だ」

「呪物を浄化するのではなく食するとは――、さすがご主人様と言ったところか?」

「――ま、まさか、呪物を喰らって消滅させるとは、さすがに考えに至らなかった」

「そうか? 良くあることだろ。毒を喰らえば何とかとか」

「皿までじゃな、ご主人様」

「まぁ、そうともいう。それで、伊邪那美」

「な、なんじゃ? 桂木優斗」

「約束は果たした。今度は、こちらの質問に答えて貰ってもいいか?」



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