第350話
無造作に虫かごに入れられて運ばれてきた『福音の箱』ことパンドラの箱。
その外装は、くすみがかった灰色と化していた。
「これは……。問題ないのか?」
俺は、パンドーラの方を見るが、何の答えも返さずに視線を逸らしたことから、宜しくはないのだろう。
「すまなかったな」
「桂木様?」
「旦那……」
「どうかしたのか? 俺は、すぐにはと約束はしなかったが、対処できるように手配はすると約束した手前、忘れていたことに謝罪しただけだ」
「お主も、謝罪するという常識的な考えはもっておるのだな」
伊邪那美が、扇子で口元を隠したまま何やら言ってくるが、遅れたのは俺が忘れていたのが一番の原因だ。
その点については、俺が悪いのだから、愚痴を受けておくとしよう。
「マスター、これが福音の箱?」
「ああ。見るのは初めてか?」
「一度だけ情報が回ってきたことがあった。でも、その時は、真っ黒で陰陽系の術式の札で封印されていた。現物を――、札が無い状態の素での箱を見るのは初めて……」
そこまで語ったところで、エリカがゴクリと唾を呑み込む音が聞こえてくる。
「すごい神力……。これでも、力は衰えた方?」
「そうなるわね。桂木優斗さんが、対処した時は、この時の数千倍の悪意が詰まっていたわ」
そう語るパンドーラに、抑揚の無い声でエリカが口を開く。
「……さすがマスター。普通の人間なら、呪符で封印されていなければ近くに居ただけで発狂する」
「それで、エリカ。対処は可能か?」
「可能か不可能かと言えば可能。道案内はつく?」
「私が付いていくわ」
「そう。泥人形がついてくるということ?」
「さすが、神薙の嬢ちゃんには、分かっちまうのか……」
話に割って入ってくる山崎。
「当たり前。パンドラの伝説は良く知られている伝承の一つ。神社庁も、その点の対応には苦慮していた。だから神薙は全員が知らされている」
「なるほどな」
エリカの説明に納得する山崎であったが――、
「山崎」
「どうしたんですか? 旦那」
「どうして、エリカが神薙だと知っているんだ?」
「そりゃ、オカルト雑誌の編集なら、知っておいて損はありませんから。それに神社庁のサイトでも美人巫女として広告にも立っていますから」
「それは迂闊。あとで削除しておくように連絡しないと」
「――え? ってことは、神社庁を辞めたんですか?」
「いまは、マスターの元で一緒に暮らしている」
「ほー」
俺に、意味ありげな視線を向けてくる山崎幸太郎。
「俺は、幼女趣味はないからな」
「そうなんですか?」
「当たり前だ」
俺の年齢は、異世界暮らして来た年月と地球で生きていた時間を合わせたら70歳をを超えるからな。
今更、子供相手に思うような気持ちはない。
「マスター」
「どうした? エリカ」
「私はロリータじゃない。立派なレディ。子供も産める。マスター、お願いがある」
「願い?」
「マスターの願いを聞く。これは貸し。貸しは返さないといけない。マスター、エリカは、マスターに――」
ポーチの中から、何らかの用紙を取り出し、テーブルの上に置いたエリカは、上目遣いで俺を見てくる。
「この書類に名前を記入してくれるだけでいい」
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