第330話

「そういえば桂木警視監、長野県警から応援が来ているのですが――」

「長野県警から?」


 俺の出来る子アピールを華麗にスルーして話を振ってくる神谷に応じながら、俺は席に座る。


「はい。2日前に、登山をした3名が行方不明になった事件ですが、御存知ではありませんか?」

「2日前か……。そういえば、そんなニュースが、テレビで流れていた気がするな」

「それで、依頼料は幾らだ?」

「人命救助と言う事ですので――」

「つまり、金は出せないと?」


 手助けはすると言ったが、無償でと言った覚えはないんだがな……。


「――なら、断っておいてくれ」

「桂木警視監。一応、受けておいた方がいいかと思いますが……」

「神谷、俺は警察組織内での役職は渡されてはいるが、警察官ではないぞ? そこの所をはき違えるなよ? 俺はやる気搾取されるような雇用形態は死んでもごめんだからな」


 冒険者として、金を出し渋るような奴からの依頼は、絶対に受けないことにしている。

 理由は簡単だ。

 依頼料を出さないような奴は、信用できないからだ。

 金というのは、信頼の証であり、誠意だからだ。

 そして、金を出さないクライアントというのは、必ず何かしらの問題を抱えている。

 そんな仕事を受けるなど、馬鹿のすることだ。

 

「それは向こうも承知していると思います。ただ、すでに20人近くの警察官が行方不明になっているらしく――。それに民間にも依頼をかけているそうなのですが、今年の諏訪警察署の予算が、逼迫しているらしく、すぐには用意できないと――」

「それは、そこの管轄の問題だろう? それに警察官が20人近く行方不明になっているとなると、絶対に何か問題が起きているだろう?」

「それは……」

「なら、余計に依頼料がない仕事を受ける訳にはいかないな」


 答えながら、デスク上のキーボードを撃ち込み事件を確認していく。

 事件の内容から見て、どう見ても面倒事にしか思えない。


「そうですか……」

「ああ。それに、さっきも言ったが、俺の一学期の中間考査は、一週間後なんだぞ? 依頼料もない仕事を引き受ける暇なんてものはない」

「桂木警視監、ちなみに幾らでしたら依頼を受けられるのですか?」

「そうだな……。一人1億だな」

「さすがに、そんなに出せないと思います」

「なら諦めてもらうしかないな」


 肩を竦める。

 そもそも、俺は率先して人間を助けるつもりなんてない。

 

「だいたい、無断で他人様の山に登山を決行したんだろう? それなのに、勝手に行方不明になっておいて助けてくれとは、調子がいいにも程がある。問題を起すような身勝手な奴は、さっさと死んだ方が公共の利益に繋がる」

「そうは言いますが、帰りを待っている方もいます」

「――で?」

「えっと……、誰にでも帰りを待っている人が居ます。それらを守ることは大事な事だと思います」

「それは警察に任せておけば良いだけの話だろう? 俺達は、警察組織ではないんだぞ? あくまでも依頼を受けてこなす傭兵という立場だ。金を払えないのなら、動くのは理に叶っていないだろ?」

「――ですが、コトリバコの件では……」

「あれは、俺の身内が危険に晒されたから動いただけだ。俺は身内以外のことで動くつもりはない」


 パソコンの電源を落し、椅子から立ち上がる。


「神谷。余計な私情を挟むなよ? 判断を見誤ることになるぞ?」

「分かりました……。それでは、大学教授の件に関しては――」

「そのまま進めておいてくれ」

「はい……」


 


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