第316話

「何を言っているも何も、アンタが思っていることを肯定しただけだ」


 思わず笑みが浮かぶ。

 そこで俺はふと思い至り――、


「なあ、あんた、俺達の後見人って言ったよな?」

「――あ、ああ……」

「なら――」


 俺は立ち上がり、都の父親の方へと身体を向け、頭を下げる。


「俺の妹が成人して独り立ちするまでは面倒見て欲しい」

「君が面倒を見ればいいだろう?」

「――それは、どうだろうな。アンタも、さっき言っただろう? 俺みたいな人間と――。俺もその意見には同感だ。俺みたいな奴の近くにいたら、良い事は何一つないどころか、問題事にしか巻き込まれない。だったら、普通に生活できるように、普通の人間と一緒に暮らした方が妹の――、胡桃の為にもいい」

「それで、君は、どう身の振り方を考えているんだ?」

「さっき伝えたとおりだ。都にも妹にも一生会うつもりはない。その方が、アイツらの為だからな」


 都の父親は、俺の言葉に無言のまま、頭を下げた俺を見降ろしているだけで――。


「もちろん、金は払う。都が、俺の家に泊まった時に支払った金も含めて――」

「君は、金銭で全てを解決しようと考えているのか?」

「それ以外に、俺に出来ることはないからな」


 この世界に来て、俺はずっと、身内に嘘で塗り固めた話をしてきた。

 それは、本当のことを――、都を守れなかったことを――、それは俺が都を見殺しにした事を知られたくはないからだ。


「……まるで、君は自分自身を否定しているように聞こえるが……神の力を手に入れた人間というのは往々にしてそうなるものなのか?」

「さあな……」


 実際に、俺は神の力を手に入れた訳でもない。

 修練の結果、身に着けたのが今の力なわけで――、だが、それを語るつもりもないし教える必要もない。

 伝えれば、常人では到底、耐えられないほどの――、狂気を超えた地獄をどうして耐えられたのか? と、いう話になる。

 都の父親である修二は、俺を見降ろしたまま、また何一つ発しないまま立ち尽くしている。




 ――そこで電子音が鳴り響く。




 それは、携帯電話の着信音だと気がつくが、それは俺の携帯電話ではなく――。


「少しすまない。仕事の電話だ」

「分かった」


 聞かれたくない内容もあるだろうと思い、俺は距離を取る。

 少しすると話し声が聞こえてくるが、何か問題事が起きたのか口調が荒くなっている。


「桂木優斗君」

「急用か?」


 まったく、話が纏まりかけていたところで電話とはついてない。


「ああ。少しマズイことになってしまってな……」

「まずいこと?」

「神楽坂グループが管理している山で行方不明者が出たと連絡があったのだが……」

「社員か?」

「――いや。一般人だ」

「一般人ね」

「最近は、アウトドアブームだろう? それに触発された人間が無断で登山などをするケースが増えているのだ」

「なるほど。それで、行方不明になったから山の持ち主に連絡が来たということか?」

「残念ながらな……。だが――無断で入ったとしても」

「所有者に批難が来るということか?」

「それは無いと思うが――、色々と曰く付きの場所でな」

「なるほどな……、なら、さっさと対応した方がいいんじゃないのか? 時間は限られるだろう? 特に登山での行方不明なんて時間が命だからな」

「分かっている。申し訳ないが、話は後日に改めさせてもらいたい」

「都に関してはどうするつもりだ?」

「それに関しても後日だ」


 そう言い残し、足早に去っていく都の父親。

 その後ろ姿を見て、俺は額に手を当てる。


「まったく……。タイミングが悪いな」


 



 

 

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