第310話

 自宅まで東雲に送ってもらったあとは、静かにドアを開けるが――、


「ご主人様っ! お帰りなさいませ!」

「はぁ……」

「どうかしたのですかな? ご主人様」


 正座して俺を待っていたのか、顔を上げて俺の機嫌を取るかのように上目遣いな白亜。


「――いや、何でもない。それより――」

「おかえりなさい! お兄ちゃん! ずいぶんと遅かったの!」

「マスター。お帰り」


 他の妹とアディールは、どうしている? と、聞こうとしたところで、軽快な足音で玄関まで走って来た二人が、俺に挨拶をしてきた。


「ただいま、それよりも白亜は、ずっと玄関にいたのか?」

「――いえ? 妾の第六感が、そろそろご主人様が、戻ってくると囁いていたのです!」

「なるほど……」


 俺は、ずっと待っていたのかと思い、他にやる事がないのかと呆れていたのだが、そうでは無かったようだ。


「白亜さん。お兄ちゃんは、どうかしたの?」

「妾には何のことやら……。――ハッ! わかりましたぞ! お帰りなさいませ!」

「どうして、また同じことを繰り返すんだ?」

「うふっ。ここから違うのです。お帰りなさいませ! ご主人様! 妾にします? 妾にします? それとも妾にします?」

「――いや、普通にご飯でいいから」


俺の返事に、しょぼーんと、狐耳としっぽを元気なく垂らす白亜。


「まったく、何をしているのか」

「お兄ちゃん! 今日は、エリカさんと一緒に夕食を作ったの! お兄ちゃんがもっと早く帰ってくると思っていたんだけど……」

「そうか」


 靴を脱いだあと、洗面所で手を洗いタオルで水をふき取ったあと、リビングへと行くと、そこには料理が並べられている。


「食べなかったのか?」

「うむ。ご主人様が、帰ってくるまで食事に手を出さないのは妻としての役目の一つであるからな」

「お兄ちゃんを待っていたの」

「お腹空いた」

「そ、そうか。今度から待たなくていいからな。とりあえず食事でもするとするか。それにしても、見た事がない料理だな」

「えっとね、エリカさんが作ってくれたんだけど、ウクライナ料理だって」

「ほー」


 いつも夕飯は白米だが、パンが夕飯とは久しぶりだな。

 アディールが取り分けてくれたボルシチを受け取り、一つの食卓を4人で囲み食事をする。

 最近は、都が――。


「――ッ」

「お兄ちゃん? どうかしたの?」

「いや、何でもない」


 途中で何かがフラッシュバックしたが、記憶の非整合性に頭痛がしたことから、俺は一端思考を中断し食事を始める。


「この白身のフライみたいなのは何だ?」

「それは、コトレタ・ポキエフスキー」

「コトレタ・ポキなんだ?」

「コトレタ・ポキエフスキー。鶏胸でバターを包んで揚げた。隠し味はガーリックと数種類のハーブ」

「日本では、見かけない料理だな」


 フォークでフライを押さえて、ナイフで切ると断面図には鶏と白いバターが見える。


「この料理は、熱々だとバターが溶けだして美味しい」

「なるほど……。冷めていても美味しいぞ。それにしても、テーブルの上に並んでいる11個のお皿に盛られている料理は、全部、アディールが作ったのか?」

「マスター。エリカでいい。家族は、エリカって呼んでいた」

「……分かった、エリカ」

「――んっ……」


 俺の横に移動してくるエリカ。


「お礼は、頭撫でるだけでいい」

「あーっ! ずるい! 胡桃も、料理の手伝いをしたもん!」

「わかった、わかった」


 右手では妹の頭を、左手ではエリカの頭を撫でる。

 何がご褒美か知らないが、二人とも満足気な顔をしているから、別にいいか。


「ご主人様っ! 妾も!」

「あとでな――」


 俺の両手は塞がっているのだ。

 ふくれっ面をされても対応できないモノは対応できないのだ。





 

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