第291話

「ご主人様の尺度で物事は考えない方がいいと思うぞ」


 アディールを抱きしめながら、白亜が、そんなことを口にしてくる。

 まったく、俺の修練を体験したいと言ったから、やらせたというのに酷い言いようだ。


「そうか。まぁ、妹を護衛するという約束を守ってくれる限り、いつでも修行はつけてやるから、気が向いたら、いつでも言ってくれ」


 そう語り掛ければ、アディールは寝息を立てていた。


「思ったよりも負荷が強かったようだの」

「そうみたいだな……」

「それにしてもご主人様の修行法は、人間では耐えられる領域を超えていると思うぞ?」

「そうか?」

「うむ。おそらく地獄の鬼どころか神ですら耐えられるモノではないと思うぞ」

「そんなことはないだろ」

「ご主人様が、さっき語った100億年という時間――、それは比喩ではないのであろう? 実際に、起きたことをご主人様は語ったと、妾は思っている。もし仮に億単位の年月、一人、世界に取り残されたとしたら、それは絶え間ない苦痛に晒されると妾は思っておる。そして――、そんな世界に存在し、人としての在り方を損なわない存在は、もはやソレは……」

「化け物だというのか?」


 俺の問いかけに無言になる白亜。


「そのようなことは――」

「気にするな。よく言われていた事だ」

「ご主人様」

「それより、俺の力の根源は理解したな? 他に聞きたいことはあるのか?」

「いえ――」

「そうか。それなら、説明はもういいな」

「はい。あとご主人様」

「ん?」

「お願いがあるのですが……」

「願い?」

「はい。この場所は霊的に、かなり衰えている土地ですので、妾は力を維持するために生命力を必要としております。ご主人様の生命力を定期的に分け与えて頂くことは可能ですか?」

「俺は、生命力を分け与えるとか、そっち系の技は良く知らないが、生命力って命だろ? そんなモノを分け与えて大丈夫なのか? 主に俺の身体とか――」

「ご主人様の力なら、問題ないかと――」

「そうか。そう言えば……、白亜は俺のあとを付いてきた時に何も言わなかったが……。俺の生命力を与える代償として、都の身辺警護を任せていいか?」

「ご主人様の命令でしたら――」

「――なら、生命力を分け与えるのは問題ない。いわば、報酬という奴だな。――で、どうすればいいんだ?」

「ご主人様、手のひらを――」

「手のひら?」


 右手を白亜へと向けると、彼女は左手を伸ばしてくる。

 そして恋人繋ぎをした所で、俺の腕を思いっきり引っ張ってくると同時に、白亜が近づいてくると共に、唇に柔らかい感触が――。

 目の前には、白亜の整った顔があり、吐息が聞こえてくるほどで。

 白亜は、顔を真っ赤にしたまま、俺から離れる。


「これで契約はなりました」


 白亜は、自身の唇を――、真っ赤な舌で妖艶に舐めると、そう語ってくるが――。


「おい。こういう方法は、事前に俺に許可を取るべきだったんじゃないのか?」


 不意打ちにも程がある。

 契約だと言ったから、受け入れる準備をしていたから、反応が遅れた。


「ご主人様に、契約方法を伝えれば断られるというのは分かっておりましたゆえ」


 そう白亜が語ったところで、右手の甲の部分に、炎の印が表示されていく。

 さらに大きな炎の印を中心に小さな炎の印が5つ浮かび上がる。


「これは?」

「妾の根源を示す朱印になります。これで、ご主人様と霊的にパスが繋が――ッ!?」


 唐突に白亜が自身の身体を両手で抱きしめたかと思うと、身体を振るわせていき――、いきなり白亜の腰の部分から6つの金色の尾が出現する。


「どうした?」

「――こ、これは……、これほどの……」


 俺の声が聞こえていないかのように白亜は、何かに必死に耐えるかのように歯を噛みしめている。

 そのうち、白亜の6本の金色の尾が白く変わっていく。

 それだけでなく、さらに4本の白銀の尾が生えていき――、


「――はぁ、はぁ、はぁ……」

「大丈夫か?」

「はい……」


 俺の言葉にようやく反応した白亜は、髪の色まで金色から白銀へと変化していて――、


「お前、ずいぶんと雰囲気が代ったが本当に大丈夫なのか?」

「――は、はい。ご主人様の力が強すぎたため、それに引き摺られるような形で、妾の妖力が強化されました……」


 白亜は、虚ろな目で自身の髪を触りながら、そう答えてくるが、ハッ! としたような表情をすると、自身の尾を見て――、


「6本から10本に……。ご主人様、9本――」

「ああ、10本、尾があるな。それが、どうかしたのか?」

「妾は、数百年しか生きてはおりません。それなのに九尾様と同等以上の妖力を身につけたという事になるのです!」


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