第280話 峯山純也
瞼を開けて、俺は上半身を起こす。
「知っている天井だ……」
そこは、神社庁が借りているビルのフロアに存在している医務室。
何度かお世話になったから見慣れた光景だ。
「目を覚ましましたか」
「東雲さん」
彼女は、古い書物を閉じたあと、俺の額を触ってくる。
「熱は特にないようですね。体は、大丈夫ですか?」
そう問いかけられたところで、俺はシーツを強く握りしめる。
思い出したのだ。
優斗と決闘した結果、圧倒的な力を見せつけられたことに。
「もう大丈夫です」
「そうですか。それは、安心しました。――で、桂木優斗君と決闘して、どうでしたか?」
そう問いかけられてくる言葉に、応じる言葉なんてない。
まるで相手になっていなかった。
異世界で戦っていたと優斗から聞いてはいたが、その実力は次元が違った。
「俺、どのくらい寝ていましたか?」
「まる二日です。あなたが契約した前鬼と後鬼が再生するために膨大な霊力が必要でしたから、その影響でしょう」
「そうですか……。あの――、優斗は、東雲さんから見てどう思いましたか?」
「どうとは?」
心底不思議そうな表情を見せてくる東雲さんは、口を開くと、
「それは、峯山君が一番よく知っていることではありませんか? 私よりも霊力は、少なくとも上なのですから」
「でも、戦闘経験は――」
「そうですね。それでも、分かるでしょう?」
「圧倒的な実力差……」
「はい。彼は――、桂木優斗君の戦闘力は、人間が有する能力の限界値を遥かに超えています」
東雲さんは、そう返してくると立ち上がり、医務室のテーブルの上に置かれていたタブレットを手にすると、
「これを見てください」
東雲さんから受け取りタブレットに表示されている画像を確認する。
その画像には、山が消し飛んだあと、再生する映像が表示されていた。
「これは?」
「桂木優斗君が、行ったことです」
「優斗が、これを……」
思わず唾を呑み込んでしまう。
「拡大すれば表示されます」
東雲さんの言う通り、映像を拡大化していく。
すると、映像の中には白髪の男の姿が映っていた。
「――こ、これが……優斗?」
「はい。貴方の代わりに同行した神薙候補の一人が報告を上げて来ています。峯山君、貴方と戦った時の桂木君は、まったく本気では無かったという事です。これは、神社庁も完全に見誤っていましたが、本来の彼は、どれほどの力を有しているのか――」
「つまり、俺の時は終始手加減していたと……」
「そうなります。そもそも、彼は、峯山君とは戦っていたとすら思っていなかったはずでしょう」
「ハハッ……」
「峯山君?」
「いや、すいません。ただ――、ずいぶんと差がついたなと」
俺の言葉に東雲さんが首を傾げる。
それは。俺の呟きが理解できないというばかりに。
たぶん――、いや……、きっと、東雲さんには理解できないだろう。
中学時代に、俺が優斗を暴力を振るってくる同級生から助けていたということを。
だからこそ――。
「一体――」
一体、どれだけの戦闘を異世界で繰り広げれば、山を消し飛ばせるほどの力を――、姿を変えるだけの――容姿が変化するだけの経験を積めるのか。
「どれだけの……修練を……」
「修練? 神の力を得た彼には修練は必要ないと思いますけど?」
それは違うという言葉を――、喉まで出かけた言葉を呑み込む。
「それは優斗が?」
「ええ。桂木優斗君が、ご自身で神の力を得たからだと言っていましたので――、そもそも神の力でなければ、何なのか? と、言う事になりますから。もし修練の結果、得た力でしたら、誰でも得る事が出来るという事でしょう? そんなのは危険です」
「危険?」
「はい。あれだけの力を修練で得たのでしたら、その修練は想像を絶しているモノに他なりません。しかも、16歳という年齢です。精神や存在の在り方が人のソレとは剥離していると考えた方がいいでしょう。そうなれば、人類をどう見ているのか……。それなら神から力を与えられた結果、倫理観が狂った方がまだマシです」
気がつけば、東雲さんは自身の両肩を抱きながら真剣な表情で、そう語る。
死に物狂いで一週間修練しても優斗には、歯牙にもかけられなかった俺――、そして山を消し飛ばすほどの力を有している優斗。
たしかに、この映像どおりの力を修練で身に着けたのなら、どれだけの修練を積んだんだ? と、いう話になる。
だが――、優斗は嘘は言ってない。
少なくとも異世界で、優斗は戦ってきた。
そして――、俺に命のやり取りをする覚悟がないのならと、現実をつきつけてきた。
「東雲さん」
「何でしょうか?」
「俺、もっと強くなりたいです」
「強くですか? それ以上、強くなるのでしたら、自身に合う神との契約と、さらなる修練が必要になりますし……何より学校がありますよね?」
「学校は、しばらく休みます。俺は優斗に追いつかないといけない。――いや、追いつかなきゃいけない気がする」
「そうですか……分かりました。それでは、手配しますので、しばらくお休みください」
東雲さんは立ち上がると医務室から出ていく。
俺はベッドで横になり自分の右手を見る。
手の甲には魔法陣が刻まれていて――、
「前鬼」
「お呼びで?」
小さな仔犬が姿を見せる。
「俺は、優斗に近づけるか?」
「それは力という意味でしたら、まず無理かと」
「はっきり言ってくれる」
「事実です。桂木優斗という人間は、人間を――、存在をすでに捨てているので」
「存在って大げさな……」
俺の問いかけに無言で、答えてくる前鬼。
その様子から――、
「優斗は、何かしらの制約を結んでいるという事か?」
神社庁で修行中に話には聞いた事がある。
強い力を短期間で得る為には、何かを犠牲にしないといけないということを。
――それなら、優斗ほどの力を手に入れるなら、どれだけの代償を払う必要があるというのか。
「俺は、強くならないといけない……」
「主様?」
「優斗を止められるくらい強くならないと――。そうしないと、いつか取返しのつかない事になるような気がする」
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