第265話
ディアモルドが、横に腕を振るう――、それにより俺の胸からディアモルドの腕が抜け、数十メートルほど地面の上を転がり止まる。
「――くっ……」
四肢を再生し、内臓を再生し――、俺は立ち上がる。
まずいな……、力を使い過ぎた。
再生に使う為の体力も残り僅かだし、さらに言えば再生速度が相手の攻撃で受けるダメージに追いついてない。
「どうした、どうした? 目を見張るのは肉体の再生だけか? 小僧」
「ハッ!」
俺は血を吐きながら、立ち眩む視界の中、ディアモルドを睨みつける。
「小僧とか……、俺のことを、さっきまでクズ呼ばわりしてたくせに、何かの心境的変化か?」
「――いや、そうでもない」
ディアモルドが、俺の腕を掴んだまま呟く。
それと共に、右肩から先の神経が無い事に気が付く。
痛覚遮断をしていると言っても鈍痛が脳髄を焼く。
「序列3位であった俺様と互角に戦うばかりか、力の差が3倍以上は開いた俺様に向かって叩ける減らず口に驚嘆しただけだ。本来であるなら、序列1位の魔族と出会ったのなら、その場で死を懇願するか、魔力に当てられて即死しているはずだからな」
「そうかよ……」
右上で再生させながら、視神経を極限まで強化し、身体強化も行う。
「素直じゃねーな。オレサマは、素直に感嘆しているんだぞ? それだけの力を人間の身で手に入れた時点で、お前は人間を止めていることにな。さて――」
ディアモルドが手に持っていた俺の腕を放り投げる。
「実力の差は理解したな? どうだ? 魔王軍に入るつもりはないか? 今なら、この大鎌までつけてやる」
「……」
「この大鎌の価値が分からないと見える。良い事を教えてやる。この大鎌には、人間の魂が複数使われている。それに、この大鎌の、この宝珠の部分は、人間のガキの不完全な魂と肉体を凝縮して、作ってある。中々なモノだろう?」
「……まさか」
「ああ、思い至ったか? あの狐が、この地に呪縛されているようだとイシス様が言っていたからな。縁のある人間を殺してやったんだよ!」
「……」
「怒らねーのか? まぁ、お前は、そういう人間じゃねーからな! 見ていたぜ! 人間の死体を前にしても顔色一つ変えないお前をな! ハハハハハハッ!」
「……」
「傑作だった! ああ! いま、思い出しても傑作だったぜえ! 女を人質にしただけで、何の手出しも出来なくなった人間と! 自分の腹の中にいるガキを必死に守ろうとした女の顔はよ! だから、俺様も少し感慨に耽った! そう! 女の腹からガキを掻き出して武器の宝珠に変えてやったんだよ! この大鎌には、柄には女の魂! 刃には、男の魂が使われている! どうだ! 素晴らしい武器だろ! きちんと意識は残してあるんだぜえええ! 痛みと憎しみと恐怖と絶望! それらが常に綯交ぜになった呪物! それが――」
「黙れ――」
「あん? 今、何て言った? 小僧」
「黙れと言った」
「はぁー」
ディアモルドが深く息を吐くと――、腕を振るう。
その様子を、視神経を極限まで強化していた俺の眼光が見るではなく視る。
仰け反り避け乍ら、ディアモルドが独白した時から仕込んでいた無数のコインによるレールガンを射出する。
「ほう! まだ戦うつもりか!」
俺が放ったレールガンを、ディアモルドは所持していた大鎌を回転させる事で全て弾いていく。
「ご主人様っ!」
「避難しろと言っただろうに!」
俺は、身体強化を維持したまま、地面の上に転がっていた祢々切丸の方へと飛び鞘を掴む。
「愚かな! この程度の攻撃でオレサマの動きが封じれるわけが!」
「白亜が命じる、ここに結界の反転を!」
「――なっ!」
「これは!?」
途端に、体が軽くなるどころか力が沸き上がる。
「ご主人様っ! 一時的にですが、霊脈の力をご主人様だけに――」
「アミタンネカムイっ! 悪しきモノを封じろっ!」
印が結び終わっているのか、10メートルを超える巨大な大蜘蛛が出現すると、糸を吐きディアモルドの体を覆っていく。
「ご主人様っ! 今です!」
「ああ。悪い……」
ふらつく足で地面を踏みしめながら体内に残っている力を全て一撃に向けて昇華させていく。
体内で増幅した生体電流――、それらを祢々切丸の刃に集約させ――。
「雷光塵!」
ディアモルドに向けて放つ。
1億ボルトを超える高電圧による抵抗により高熱と化した攻撃が、ディアモルドの動きを封じていた糸を一瞬にして蒸発させ、ディアモルドの肉体をも焼き尽くしていく。
「グオオオオオオオオオオ」
ディアモルドの断末魔とも呼べる声。
「ご主人様っ、大丈夫でしたか?」
「ああ。すまないな。助かった……」
「ご主人様でしたら、こちらの動きを察知してくれると思っておりましたぞ」
「そうか。それよりも、アディールが助けてくれるとは思っていなかったな」
「助けるは当たり前。それに、コイツとユートの関係も聞いた。あとで説明してほしい」
「――お、おう……」
何て言い訳しようか。
「アディールっ!」
唐突に叫んだのは、俺ではなく白亜。
力を使い切った俺では認識出来なかった攻撃が、アディールではなく、アディールを突き飛ばし守った白亜の腹に突き刺さっていた。
「――なっ! 俺の雷光塵を喰らって!?」
「くくくっ! ま、まさか――、これほどの力を隠し持っていたとは……」
燃え上がる炎の中、姿を見せたのは無傷とまでは言わないが、所々、黒く焼けたディアモルド。
「一瞬、驚いたぞ? 小僧! そこのガキと妖怪も、この俺様の邪魔をしやがって! もう許さん! 貴様らは、ここで殺す!」
伸ばしていた腕を戻すディアモルド。
腹部から、腕を抜かれ――、その場に倒れる白亜と続いて、その場に倒れるアディール。
その両手両足は氷柱で貫かれ氷ついている。
「あ、ああああああああああああああ」
「イイネ! イイネ! その甘美なまでの痛みのハーモニー! 素晴らしい! ゾクゾクとする!」
「貴様っ!」
「叫ぶのは、俺様の特権だっ! ずいぶんと、俺様に舐めた行動をとったな! 人間!」
首を掴まれ、俺の体は岸壁に叩きつけられる。
背骨が折れる音と共に、内臓が破裂し――、頚椎が折れる。
「んんっ? もう、終わりなのか? この程度なのか? 俺様が強くなり過ぎたか?」
再生するだけの力が残っていない。
薄れゆく意識の中で、俺は腕を伸ばすが――、その腕は何の強化もされていない。
「何だ? まだ抗うつもりなのか? 何の力も残ってナインダロ!」
伸ばした腕が破裂し、血が辺りに撒き散らされる。
「くっそが……」
「イイゼ! ようやく聞けたぜ! その声! だが! まだ絶望シテネーナ!」
ディアモルドが、何か妙案を思いついたような表情で、俺の顎に指をかけてくる。
「死ぬ前に良い事を教えてやるぜ! 俺様が、コトリバコを集めていたのは、イシス様に命じられて我らが神を、この地に召喚するためだ! どこかの馬鹿やろうが、我らが神を討滅しやがったからな! まぁ、もう目的は9割方果たしているから問題はないが――」
「なん……だと……」
こいつらの神と言えば、一人しかいない。
「依り代も見つけたからな。名前は何て言ったか? ああ、桂木胡桃って名前だったか? ハハハハッ! これで安心して死ねるな! よかったな! コトリバコが何に使われるのか調べていたんだろ! 死にゆくお前には、最高のプレゼントだろう? まぁ、お前は、もう死ぬから何の問題もないなあ? 神に喰われていく人間の魂の激痛! ソイツは――、その音が甘美でたまらないんだろうな!? なあ! 人間!」
「……」
「ちっ! つまらねー」
「まあ、魂が食われて肉体が依り代の器となったあとでも、必要のない足や手は残るからな! ハハハハハハッ!」
手足が……残るだと……?
薄れゆく意識の中で狂気じみたディアモルドの声が俺の鼓膜を揺さぶり――、俺の意識は闇の中へと落ちていく。
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