第227話

 ――千葉県警察本部の一室にドアをノックする音が響き渡る。


「失礼します」

「神谷か……」


 いつの間にか寝ていたのか――、俺はノックの音と共に覚醒し開かれたドアの方へと視線を向ければ、神谷が部屋に入ってきたところであった。


「またお泊りになったのですか?」

「お前には関係ない」

「関係はあります。トップが連日、自宅に帰宅されないという事は、下で働く者にとっては、重圧を感じることがありますので――。私も、おかげで夜しか寝れていません」

「――いや、それは普通じゃないのか?」

「私は、もう慣れましたので」

「そうか」


 神谷が、デスクの上に資料を乗せる。

 厚さは六法全書ほどあるだろう。

 

「デジタル化して欲しいものだが?」

「桂木警視監も、日本のデジタル化は後進国だという事を理解されていると思いますが?」

「お前、結構、辛辣だな」


 デスクの上に置かれた資料を手にする。

 表紙には、【陰陽連に関して】と、書かれている。


「資産状況を調べてもらったが、赤字もいい所だな」

「はい。陰陽連は、長年にわたり国を支えてきた暗部ですから。それなりの土地などを保有しています。ただ――」

「バブル崩壊と同時に地価が暴落。不動産は、負動産となったということか」

「はい。実質、毎年400億円ほどの赤字がマイナスとして計上されています。ただ、不動産に関してですが、国の暗部を担っていた事もありフロント企業を経由しても、売れる土地は限られており、人件費や、今回の騒動を含めての補填を含めまして借金の総額は2兆円を超えます」

「……莫大だな」

「はい。ですから、桂木警視監には忠告を致しました」

「過ぎてしまった事は仕方ないだろ」

「それは、そうですが……。今月から、国から陰陽連へ出ていた予算が削られることになりました」

「まあ、組織を解体するということを前提であったのなら、それは仕方ないな」


 俺は資料を捲る。


「毎年の予算は4000億円か」

「はい。つまり毎月――、340億円は、どこかで稼がないといけないという事か」

「不必要な部署を解体したり、事務作業については正社員をクビにして派遣にするという方法もとれます。それだけで人件費を圧縮できると思いますが……」

「あまり好ましい判断とは思えないな」


 資料へと目を落しながら俺は答える。


「はい。秘密裏な組織である以上、派遣を雇う――、もしくは給料を下げると言った行為は、機密漏えいに繋がると思います」

「だろうな……。予算に関しては、俺が何とかする」

「分かりました。それでは、毎月1000億円ほどは稼いでください」

「ハードル高いな」

「桂木警視監でしたら問題ないかと」

「まぁ、治療で何とかするしかないか」

「それが一番宜しいかと」

「そうだな。神谷警視長、とりあえず陰陽連全員に通達。待遇は、今までと変わらない。安心して働くようにと」

「分かりました。ただ、一つだけ」

「ん?」

「桂木警視監が、陰陽連の活動資金を全て出すという事は、関係各所を含めて1万人近い職員全てを私設として雇うという形になりますので、おそらく国が関与してくると思います」

「だろうな……」


 俺は肩を竦める。

 その程度のことは、想定済みだ。

 コーヒーを口にする。

 寝る前に淹れていたコーヒーと言う事もあり、すっかり冷めきっているが、苦みから眠気が若干だが覚めた気がする。


――コンコン


「誰だ?」

「さあ? どうぞ」


 俺の代わりに神谷が入室の許可を出す。

 一応、部屋の主は俺なのだが――、まあ別にいいが……。


「桂木警視監、ご自宅の警備をしていた陰陽師から連絡がありました」

「何か問題でも起きたのか?」

「ご家族が、御病気になったと報告がありました。どうやら風邪ということですが……」

「風邪?」

「はい。詳細は、病院に到着してから届くことになっています」

「そうか」

「それでは失礼します」


 部屋から出ていく陰陽連に所属している陰陽師。

 ドアが閉まったあと――、


「桂木警視監。ご自宅に戻らなくていいのですか? 桂木警視監の力なら、治療を施すことも容易なのでは?」


 神谷が、そう問いかけてくる。


「そう……だな」

「ご自宅へは戻りたくないという事ですか? それとも、お二人に顔を会わせたくないということですか?」


 随分と核心をついてきてくれる。


「とりあえず病院からの報告を待つ事にする」

「そうですか」


 俺の返答に、神谷は溜息をつくと部屋から出ていく。

 

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