第197話 第三者side

 安倍珠江は手を頭上へと掲げ振り下ろす。

 それが戦いの序曲とばかりに、ドラゴンが地表スレスレに飛翔し純也に近づく。

 

「守らないと……、おれが――」


 体中に裂傷を負い――、衣服が血に染まっていく中で、折れた左腕を右手で抱えながら純也は、途切れかける意識の中、譫言に呟きながら……、それでも立つ。

額からも血が流れ、瞳に入り視界も満足に見えない状況であったとしても。


「優斗と、優斗と約束したんだ……」

「約束? 貴方が、何を約束したのかは知らないわ。でも――、その瞳は、気にいらないのよね」


 ドラゴンは純也を握りつぶそうと腕を伸ばしてくるが、あまりのドラゴンの飛翔速度に、純也は、まったく対応できずにいた。

 そして――、ドラゴンの車すら握り潰す程の強靭な鱗で覆われた手は、純也がいた場所を握りしめるが――。


「終わったわね」

「はぁはぁはぁ……」


 完全に純也を仕留めたと思っていた安倍珠江は、荒い息遣いに気がつき視線を向ける。

 彼女が向けた視線の先には、前鬼に腕に抱えられた純也が地面の上に降ろされる場面であった。


「式神が、一度だけでなく……二度目も……」


 震える声で、ギリッと歯ぎしりをする彼女は、腕を振るう。

 周囲に六芒星の魔法陣が数百展開されると同時に地面からは、骸骨姿で盾や剣を持つスケルトンソルジャーが這い出てくる。


「本当に――、目障りな存在よね! この式神は! 私を主とは認めなかった分際で!」


 安倍珠江の怒りの感情に呼応するかのように、ヘドロと化した地面から這い出たスケルトンソルジャーは、一斉に盾を構えながら純也に向かっていく。


「ききーっ!」

「後鬼なのか……」

「きーっ」

「そうか……、良く分からないけど……。お前、強いんだな」

「きーっ?」

「……そ、そっちにいるのは旅館で倒れていた猿……なのか?」


 前鬼の腕を掴みながら、そう尋ねる純也に鬼と化した前鬼は頷く。


「俺を助けてくれたってことか……」


 ふらつく体に力を入れながら、唇を噛みしめることで辛うじて意識を繋いでいる純也は、唐突に頭を下げる。


「力を貸してくれ。俺には、何の力もない。誰かを守ることもできない。だから――、優斗が来るまで、アイツが来るまで、力を貸してくれ。皆を守るためなら……、俺は何でもするから……」


 真摯な――、真っ直ぐな願いに、前鬼と後鬼は顔を見合わせると強く頷く。

 そして、純也に向けて2匹の式神は握りこぶしを純也に向けて突き出す。。

 純也自身も何を自分がしているのか、ハッキリと自覚出来た訳ではなかったが――、彼も自身の拳を突き出し、2匹の式神と純也の拳が触れ合った瞬間、純也の右手の甲に八門遁甲の赤い魔法陣が――、右手の甲に青い魔法陣が浮かび上がる。


『我が主よ。我が名は前鬼』

『我が主よ。我が名は後鬼』

『『我ら、汝の命をかけた願いと誰かを守りたいという願い――そして義により峯山純也を主とし力を貸そう』』


「ああ。すまない」

『問題はない。もうすぐ、凄まじい力の奔流が、この地に到達する。それまでの僅かな時間であれば主の現在の霊力でも、我らを使役することは可能である!』

『うむ。前鬼よ、我は、あのドラゴンの動きを封じるとしよう』

『了解した。――では、我は主と対峙する愚かな死霊共を殲滅するとしよう!』


 前鬼は、大気から炎の刃を持つ巨大な大太刀を作り出すと、一足飛びに、スケルトンソルジャーへと近づくと雑兵を蹴散らすかのように焼き払っていく。


『さて――、我の相手は貴様か? 腐敗したドラゴンよ!』


 後鬼は、空中から冷気を纏った弓を生み出すと、氷の矢を作り出し目にも止まらぬ速さで番え放っていく。

 全ての氷矢は、ドラゴンを射抜き、その前身を氷像へと塗り固めていく。


「――な、何が起きて――。ど、どうして――、前鬼と後鬼が……、文献に書かれていただけの権能を使う事が出来るの!? あんな死にぞこないに出来て、どうして私の時は――!」


 次々と撃破されていく自身が召喚したスケルトンソルジャーに、氷漬けにされたドラゴンを見て何が起きたのか理解できない安倍珠江は――。


「一体! 貴方、何をしたのよ!」


 叫ぶが、純也は虚ろな眼差しのまま何も答えずに、力尽き――、その場に倒れる。

 その途端、顕現していた式神も消え失せ――、一瞬の静寂のあと、事態をようやく理解し呑み込んだ安倍珠江は、額を抑えながら、笑みを浮かべた。


「ハハハハッ。馬鹿ね! 本当に愚かね! 選ばれた人間じゃないと強力な式神は使役でないのよ! 短時間だけ優位に立ったと思って、私に勝ったと思った? 残念でしたッ! 全て無駄! 無駄なのよ! 私のように選ばれた人間ですら、使いこなせなかった式神をどう手懐けたかは知らないけど……」


 一歩一歩、意識を失い倒れた純也に近づく珠江。

 そして――、純也の目の前に到達したところで、男の両手の甲に契約痕を見て眉間に皺を寄せる。


「欠陥品ごと、君を始末してあげるわ!」


 空中に出現した魔法陣から日本刀を取り出す珠江は、鞘から日本刀を抜き放つ。

 

「貴方は人類救済の邪魔になるからいらない!」

 

 憎しみと怒りが篭った言葉を吐き、日本刀の刃を、意識を失い倒れている純也の首元に向けて珠江は振り下すが、唐突に発生した爆風により数十メートルほど安倍珠江は吹き飛ばされ――、


「――次から次へと、何が……」


 爆風により舞い上がっていた土埃や草などが地面へと落下していく。

安倍珠江の視線の先――、爆風の中心部には、一人の男が慄然と、その場に立ち存在感を示していた。


「――そ、そんな。――ま、まさか……、いくら何でも早すぎる!?」


 目を見開く安倍珠江。

 力尽き倒れた峯山純也の隣には、怒りの表情の桂木優斗が立っていた。



 

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