第196話 第三者side
巧みなドライビングテクニックで、ドラゴンの火弾を避けていたタクシーであったが、進行方向の道路――、その目の前に降り立ち進路を塞がれてはどうにもできなくブレーキが間に合わずドラゴンに追突しかけるが――。
「――なっ!」
絶句するタクシーの運転手は、慌ててハンドルを切ると、車は茂みの中に突っ込む。
枝などで車の外装が引っかかれるような音が聞こえてくると共に、タクシーの運転手は、ハンドルを戻し、国道46号線へと戻った。
その様子を見ていた安倍珠江は、絶句する。
確実に、自身が作り出したドラゴンに追突する流れで、運転席と助手席に乗っている人間は死んでもいいと考えて行動を起こしたからだ。
「逃がすな!」
安倍珠江の命令と共に火弾が、茂みを出たばかりで減速していた車の運転席側の道路に着弾し爆発し、車はクラクション音を鳴らしながら惰性で進み停止する。
「すいません、お客さん」
「運転手さん!?」
「く、車から降りて逃げてください……。車の右フロントタイヤがバーストして……もう……はしれ……」
弱々しく話すと、タクシーのドアのロックが解除される。
「分かりました。料金は――」
「また……こんど……はらって……」
運転手の体から力が抜けて崩れ落ちる。
まるで力尽きたかのように。
「運転手さん!?」
「都! 胡桃ちゃん! すぐに車から出るぞ!」
「う、うん……」
純也の言葉に顔を真っ青にしたまま、助手席のドアから出る胡桃。
「純也、運転手の人も――」
「いいから! 早くこい!」
助手席の後部座席に座っていた都は、運転席の右側内ドアが血に濡れているのに気がつかなかった。
彼女の視線からは隠れていたから。
純也は、助手席側の後部ドアから都を押し出すようにして外に出ると、彼女の手を掴み走り出す。
「胡桃ちゃんも!」
「うん!」
そんな3人の後を追うようにしてドラゴンは飛翔すると、一瞬で距離を詰めて3人の前へと地響きを立てながら着地した。
「くそっ――」
悪態をつく純也。
そして、蛇に睨まれた蛙のように体を強張らせてドラゴンを見上げている胡桃と都。
そんな彼女たちの視線の中で、ドラゴンの額に存在していた赤い宝石の中から一人の女性が姿を現した。
姿形こそ、安倍珠江であったが、白銀の髪は、血のような赤い鮮血色へと変貌を遂げており、瞳は縦線が入った爬虫類のような金色の目をしていた。
ただ、それは半身だけであり、もう半身は紫色に変色した腐った腐敗臭を撒き散らす汚泥と化している。
「まさか……安倍珠江先生?」
多少は恋心を抱いていた峯山純也であったが、あまりにも変わり果てた風貌に驚きを隠せずにいられず確認するかのように言葉を呟くが――、
「まったく……手間を取らせてくれたものね」
そんな純也の気持ちを無視するかのように怒りの瞳で彼を見た安倍珠江は吐き捨てるかのように言葉を3人に叩きつける。
その言葉には、言霊が含まれており、三者三様とも、身動きが取れなくなる。
「――でも、良かったわ。器は無傷にようだし……」
空中に浮いていた安倍珠江は音もなく地面へと降り立つと、ゆっくりと都に近づく。
「やめ……」
都と手を繋ぎ逃げていた純也の首を掴むと、万力のような力で、安倍珠江は、純也と都を引き離すと、純也の体を車に向けて放り投げた。
車のフロントに背中から乗り上げる形で叩きつけられ――、フロントガラスが罅割れる音が周囲に響き渡る。
「純也さん!」
「煩いわね」
胡桃の声に、苛立っていた安倍珠江は、ストレスを発散させるかのように一瞬で、胡桃の前へと移動すると、その頬を殴りつける。
彼女の体は、木の葉のように空中を舞い地面に落下し転がり停まった。
「胡桃ちゃん! 純也!」
「二人とも瀕死だけど死んではいないわ。だって! 救済しないといけないから。死んだら救済できないでしょう?」
都の悲痛な叫びに、笑みを浮かべて答える安倍珠江は、都に一歩ずつ近づく。
「瀕死って……」
得体の知れない化け物が、自分自身に近づいてくる恐怖に、都は体を震わせて膝から崩れ落ちる。
「死んではいないってことよ? 貴女、馬鹿なのかしら? 日本語も理解できないの? ああ、そうね。馬鹿と一緒にいると馬鹿になるものね。なら、教えてあげる。運転手も死んではいないわ。いまはね――。だから安心しなさい」
安倍珠江は、静かに語る。
「ど、どうして……」
神楽坂都が何とか振り絞れた声は、それだけであったが――、
「どうしてって、決まっているでしょう? 人類を救う為よ。貴方達は知らないけど、もうすぐ世界は終わるの。だから、私が人類を救うの! 神楽坂都さん、貴女には、世界を――、人類を救う為の救世主となる私の魂の器になってもらうわ」
「何を言って……」
「ここまで話しても分からないなんて、本当におバカなのかしら? まぁ、いいわ。貴女の魂は、私がしっかりと同化して消化して、その体を有用に使ってあげるから」
金縛りにあったがごとく身動きのとれない神楽坂都。
そして――、首の骨が折れ瀕死の状態の桂木胡桃。
「やめろ……」
「驚きだわ。瀕死の重傷のはずなのに、立てるなんて――。……もういいわ。貴方からは式神を返してもらおうと思っていたけど……、私を認めない式神なんて必要ないもの。貴方はいらない。死んで」
抑揚の無い声と共に、立ち尽くしていたドラゴンが、直径5メートルの炎弾を純也に向けて放つが――、峯山純也に着弾寸前に、凍り付き粉々に砕け散る。
「どういうことなのかしら? 前鬼、後鬼。主たる私に歯向かうつもりなのかしら?」
突然、純也の前に出現した2匹の猿は巨大化する。
一匹は、氷の鎧を纏った鬼。
もう一匹は、炎を纏った鬼。
「――そ、そんな! ……あ、ありえないわ! 私でも、鬼の姿に開放させる事なんて出来なかったのに! どうして、こんな――、こんな――、たかが一般人が役小角と安倍晴明が操った最強の式神の力を扱う事ができるなんて! 安倍晴明の血を引いている私ですら、認めて――くっ」
神楽坂都から手を離すと、憎しみの篭った瞳で峯山純也を睨みつける安倍珠江。
「やっぱり、その式神は欠陥品だったみたいね。私を認めずに、何の力も持たない人間を守ろうとするなんて――」
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