第198話

 周りを見渡す。

 周囲には焼け解けた道路に使われたアスファルトに、焦げた草花や泥と変化した地面が広がっている。


「桂木……優斗ッ!」


 俺の名前を、姿形が変わったとは言え、半身が人間の状態である安倍珠江が忌々しそうに呼んでくるが、俺は無視しつつ波動結界を展開し、重症人を確認していく。

 そして――、妹が首の骨を折られ瀕死の状態であることを確認し、歯ぎしりする。


「純也、すまない。少し待っていてくれ」


 一瞬で妹の元まで移動し、血の泡を零して苦しそうにしていた胡桃の治療を行う。

 数秒で妹の肉体の修復が済んだところで、抱きあげたあとは身体強化を維持したまま純也の元へと。

 純也の隣に妹を寝かせ、純也の肉体の細胞に干渉し傷口を塞ぐ。


「お兄ちゃん……」

「もう大丈夫だ」


 俺は都の方へも視線を向ける。

 都は、体を動かすことが出来ないのか地面の上に座ったまま、こちらを目を見開き見てきていた。


「優斗……」

「目を覚ましたか、どうだ? 一応、体の修復はしたが……」

 

 俺は言い淀む。

 何故なら純也の肉体から感じる電磁波が、通常の人間とは異なり、強く感じられたからだ。

 一応、肉体の修復はしたが――。


「あ、ああ……。大丈夫だ……」

「違和感もないか?」


 コクリと神妙な表情で頷く純也は、ハッ! とした表情になると――、


「優斗、車の中に俺達を逃がそうとしてくれたタクシーの運転手の人が……」

「分かっている。死んではいないから、すぐに治療をする」

「治療って……。そういえば、俺の傷は! 治っている!? 優斗、お前は、一体……、何をしたんだ!?」

「その話は今度だ」


 俺は立ち上がる。


「桂木優斗ッ! 貴様ッ! 私を無視するつも――」


 瞬時に、俺は安倍珠江との間合いを詰めると同時に地面を踏みつけながら拳を、その胴体へと打ち付ける。

 爆発音と共に衝撃波が周囲に撒き散らされ、安倍珠江の体の背中は爆散し臓物が周囲に撒き散らされるばかりか吹き飛ぶ。

 

「これで時間は稼げるな」


 車に近づき、タクシーの運転手の治療を行う。


「ううっ……」

「さて――。これで、問題はないな」


 俺は都の方へと移動する。

 身動きが取れない彼女を介抱しようと手を伸ばすが、都は体をビクッ! と、震わせ――、恐怖を内包した眼差しを俺へと向けてきた。

 その目を見た瞬間、俺は手を引っ込める。


 ――やっぱりな……。


 経験上から、こうなることは理解していた。

 だから――、俺は知られたくなかった。

 その結果、都や友人や妹を危険に晒してしまった。


「純也。タクシーの運転手の怪我は治した。運転手が目を覚ましたら、ここから出来るだけ離れてくれ」

「何を言っているんだ? 俺も、戦うぞ」


 俺は頭を振るう。


「お前は戦うな。お前は、都と妹を守ってくれ。俺では出来ないからな」

「……俺では出来ないって……」

「だから頼む」


 俺が視線を向けた先には都、そして妹の姿があり、それを理解した純也は、辛そうな表情をしたあと、頷く。


「悪いな……」


 一言、純也に謝罪の言葉をかけたあと、俺は安倍珠江を殴り飛ばした先の雑木林へと視線を向けるが――、立てるようになったのか真後ろから都が俺の名前を呼んでくる。

 その声色には緊張の色が見てとれる。


「ゆうと……」

「……すまない」


 まともに都の方を見る事もできない。

 きっと俺のことを化け物だと思ったに違いない。


「違うの!」

「気にしなくていい。俺は、慣れているから」

「優斗っ!」


 これ以上、都と会話をしていたら、余計なことを吐露してしまいそうで――、都の口からだけは化け物と言われたくなくて、その場を後にする。




 ――桂木優斗に、殴り飛ばされ――、肉体の臓物すら吹き飛ばされ、無数の木々を薙ぎ直しながら、川へと着水するばかりか、反対側の土手へと衝突した安倍珠江は、肉体の修復を行いながら、怒りの視線を桂木優斗が居るであろう方角へと向ける。


「馬鹿な……。こんな、馬鹿なことが……。神は穢れに弱く脆いはず……、奴が私に触れれば、力を弱めることも可能であったはず……、ナノに……なぜ……」


 肉体の修復が一向に進まない現状に苛立ちを覚える安倍珠江は、歯ぎしりし川に沿って作られた土手を浸食し、草花の生気を吸い取り自身に肉体を修復し立ち上がる。


「あれが、本当の神の力だと言うの? 信じられない……。あんな自身の事しか考えていない救世主の資格もない人間が――」

『そう。あれは偽物。貴女が――、珠江が望んでいた世界を救済する力の持ち主ではないわ。貴女が――』

「そう。私が、世界を救済する。救世主なのだから――」


 譫言のように呟きながら肉体の修復を終えるばかりか――、周囲に10体の――、体高30メートルを超えるドラゴンを生み出した安倍珠江は、川を挟んだ向かい側に姿を見せた桂木優斗を睨みつけた。




 

 

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