第163話

「私の気のせいじゃったということか……」

「何がだ?」

「――いや、此方の話だ」

「そうか」

「ところで、今日は妹さんも牧場の見学で宜しいのですかな?」

「胡桃です! 宜しくお願いします!」

「よろしく。それじゃ、牧場を案内しますかな」


 そういえば、昨日は牧場の全てを回っていなかったな。

 妹と共に案内される牧場。

 飼育しているのは牛だけではなく馬や豚や鶏もいる。


「懐かしいな」

「え? お兄ちゃん。牧場って、よく来てるの?」

「ま、まぁ……動画でな」


 俺を召喚したリメイラール王国。

 聖女が死んだあと、俺を擁護していた聖女が居なくなったことを幸いに勇者としての力を持たない俺を殺そうとした国。

 その結果、瀕死の重傷を負い冒険者として生計を立てる事になった訳だが……。

 まぁ、その結果、身分の証が必要ない牧場で暮らしていたのは、遠い昔の話だ。


「へー」


 感心したような表情で頷く妹。

 

「胡桃ちゃん。馬は、バナナが好きなんだよ?」

「え? そうなの?」


 俺と会話していた妹に話しかける厚木さん。

 どうやら、馬について妹に色々と教えてくれるらしい。

 二人の会話を聞きながら、俺は馬小屋を見て回る。

 すると、上着に入れていた携帯が振動する。


「千葉県警から?」


 何か俺に用なのか? 


「桂木ですが?」

「桂木警視監。電話が繋がって良かったです」


 電話をかけてきた主は、神谷。


「どうかしたのか?」

「火急速やかに対処して頂きたい案件が入ってきていまして――」

「いま俺は大事な勉強合宿中なんだが……」

「それは、こちらでも把握しています」

「把握していて電話してきたのか?」


 つまり、それだけ大事な事と言うことか?

 

「実は、外交関係から問題が起きていまして――」

「外交関係なら外務省の管轄じゃないのか? もしくは日本政府とか」

「いえ。じつは、バチカンへの返却を予定していました呪術的なオーパーツが盗難にあったからです」

「今一、分からないんだが……。盗難なら、警察の領分だろ?」

「盗まれたのがパンドラの複製品だったとしてもですか?」

「パンドラ? パンドラって、あのパンドラの箱か?」


 たしかパンドラという女性が、様々な可能性を秘めた箱を開けたと、オカルトで聞いたことがあるが、それで間違いないだろう。


「はい。そのオリジンの複製品です。日本国政府は、パンドラの箱の複製品について、引き渡しまで厳重な結界と警備を敷いていたのですが、それらを掻い潜って盗んだ者がいる為、手練れの人間に捜査を依頼するという形をとりまして――」

「それで、俺のところに依頼をしてきたと言うことか?」

「はい」

「悪いが、いまは勉強の方が大事だからな」


 とりあえず即断即答しておく。


「待ってください! 日本国政府は、今回の盗難をした人間は、呪術に関して、かなりの博識ある人物だとプロファイルしています。神社庁や地域保全公務課、内閣府直轄の組織にも、すでに出動要請を出していますが、こちらにも調査依頼が来ているんです?」

「神社庁と言えば東雲が居るところだろ? ――なら問題なくないか? 少なくとも、それなりの手練れが、あそこは揃っているぞ?」

「桂木警視監。これは、数万、数十万人の死者が出るほどの危機なのです」

「それは流石に盛り過ぎだろ。俺が、異世界で見てきて知っている魔法アイテムで、そんなモノを見たことないぞ?」

「とりあえず画像を送ります」

「……分かった」


 俺は溜息をつく。

 仕事をしてもらいたいからと言って話を盛りすぎだ。

 携帯を見ているとメールに添付されて画像が送りつけられてくる。

 俺は、それを開き確認するが――。


「これは……」


 画像を見ると黒いルービックキューブが、表示されている。

 どこかで見た記憶が……。


「今、見て頂いたのはパンドラの箱の複製品です。本来は、バチカンが所有し厳重に管理――、封印するSランク級の呪術品になります」

「Sランク級ね。それで、どう言った性能なんだ?」

「平安京を壊滅させた呪物です」

「――ん? ちょっと待てよ……。平安京って、相当に昔の話だよな?」

「はい。役小角の弟子たちが、辛うじて封印したのが始まりとされています。ただ、役小角の一派は、その際に壊滅――、呪われた平安京の土地を破棄し、平城京に遷都したそうです」

「つまり、一つの街を亡ぼせるほどの力を持っているということか?」

「はい」

「でも封印はされているんだろう?」

「それが……封印の要である鳳凰の扇もが盗まれていまして……。それを破壊されると、厄災が発生すると安倍晴明が記した書物に書かれているそうで……」

「眉唾すぎだろ。いくら何でも、ファンタジー設定すぎる」

「桂木警視監にだけは言われたくないと誰でも思います」


 俺の扱いというか認識が酷いな。


「……まぁ、それは良いとして――。封印されているってことは、簡単に封印は解除できるモノなのか?」

「それが、相当な負の感情を――、扇が耐えきれない程の負の力を与えない限り、封印は解けないと書物にあるそうです。少なくとも数千人に匹敵するほどの負の感情が必要だと」

「それなら、大丈夫なんじゃないのか?」

「それでも、一つの都市が壊滅したほどの呪術物です。早急に対応した方が良いと日本政府は考えていますので」

「つまり、どうしても俺に依頼を受けて欲しいという訳か」

「はい。私達の部署は実績が必要ですから。あと発見した場合には、報酬は10億を予定しているそうです」


 ――じゅ、10億だと……!?


「ふっ……なるほど……

「やはりだめですか?」

「神谷警視長。何を言っているのかね? 警察というのは市民を守るのが仕事だろう? やれやれ。君には、国民を守る警察としての使命感が足りないのではないか?」

「……」


 電話向こうが無反応。

 すると、画像添付きのメールが届く。


「受けて頂けると解釈しました」

「お、おう……」

「あと安倍晴明が封印と、パンドラの箱の複製品の力を操作する為に作らせた鳳凰の扇の画像を送っておきました」

「分かった。あとで確認して――」


 途中まで返事しかけたところで突然――、電話が切れる。


「何だ?」


 いきなり携帯の電波が、範囲外に代わっていた。

 俺は仕方なく馬小屋から外へと出る。

 すると――、先ほどまで晴天だった青い空は血のような赤い空へと変貌を遂げていた。





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