第162話

 烏丸が運転する車で、先日伺った牧場へと向かう。

 妹は、久しぶりに機嫌がよく終始ニコニコとしている。


「ねえ。お兄ちゃん」

「ん?」

「牧場って、ジンギスカンとかできるの? マザー牧場みたいなところなの?」

「マザー牧場?」

「ほら! 私が小学生の時にお父さんとお母さんと一緒に行ったところ!」


 やばいな、全然、記憶にない。

 

「ジンギスカンは出来ないから、まったく違うぞ」

「えー。そうなの?」


 少し残念そうな表情をしたあと、妹は体を倒して俺の膝の上に頭を乗せてくる。


「――でも、最近は、ずっと二人きりじゃなかったから、今日は、それでいいの」

「そうか」


 まぁ、都と仲が良いと言っても本当の家族という訳ではないからな。

 たまには、のんびりと過ごす時間も必要だろう。

 しばらくしてから車は停車し――、「到着しました」ずいぶんと固い口調で、烏丸が話しかけてきた。


「すまないな」

「いえ。それでは、私は、これで失礼します」


 俺と妹が車から降りると、すぐに車は踵を返して旅館のある方角へと走り去っていく。

 まるで何か急ぎのようがあるかのように。


「何か変だったの。お兄ちゃん、あの人って本当に烏丸さんで良かったの?」

「どういう意味だ?」

「胡桃も、よくわかんないけど……、何か胸の奥がザワザワするの」

「――おや、桂木優斗君じゃないか」

「これはどうも――」


 妹と話していたところで、牧場主の主――、厚木さんが俺に話しかけてきた。

 すぐに俺は挨拶を返しておく。


「今日は、一体、何の御用ですかな?」

「昨日、牛を世話していて気が付いたことを――」

「ほう……」


 スッと瞼が細くなり、まるで俺を観察してくるような――、そんな感じだ。厚樹さ木さんは、「そうですか……。それで、気が付いたところとは?」と、聞いてくる。


俺としては、牧場主に意見を言うのは気が引ける。

 伝えたいことは、牧場主として――、プロのミノタウロス使いとして、理解しておかないといけないからだ。


「そうですか……。さすが、分かっていたと言う事ですか。ですから肉親を安全な場所に連れてきていたのですね」


 どうやら、俺が言いたい事を厚木さんは理解してくれたらしい。

 最後の安全な場所という意味は謎だが――。

 まぁ、本題はそこではない。

俺が言いたいのは――、俺が昨日、全ての牛の世話をしつつ、牛の健康診断をしていた時に気が付いたこと。

 

――それは!


「ああ。俺も、それなりに牛については詳しいからな」


 とくにミノタウロスの生態については詳しい。

 何せ何千体もの魔物のミノタウロスを殺したからな。


「……分かりました。」

「分かってくれたならいい」

「――では、話を致しましょう。その前に、このような場所ではありますが……」

「此処じゃないと駄目だ」


 俺は、ハッキリと告げる。


「それは、どうしてでしょうか?」

「ここじゃないと見えないこともあるからな」

「なるほど。わかりました。それでは、お話させて頂きます」

「ああ、とりあえず牛の爪切りはキチンとした方がいい」

「――へ?」


 俺の指摘に呆ける厚木という老人。

 

「まさか、牧場の経営をしていて牛の爪切りを知らない訳がないよな?」

「それは、知っていますが……」

「――なるほど……。だが、知っていることと、実行出来ているかどうかは別物だ」

「お兄ちゃん」

「どうした?」

「牛の爪切りって何?」

「まぁ、実際は削蹄と言うんだが、蹄の形を整えることを言うんだ。伸びたままだとストレスで病気になりやすいし、怪我もしやすくなるからな。あとは牛乳の出も悪くなるから、牧場では常識ですらある」

「へー。お兄ちゃんは、やったことがあるの?」

「動画では見た事がある」


 まぁ、実際にはやった事があるし、何なら牛じゃなくて魔物であるミノタウロスの削蹄すらやった事がある。


「俺が見た感じ、あまり良い腕の削蹄師ではないと見たが、どうだ?」


 俺の説明に完全に固まっている厚木さん。

 本当にプロなのか? と、疑うレベルだ。

 ここは恥じるべき内容だろうに。


「仕方ない。俺が削蹄の何なのかを見せてやろう」

「ええっ!? 削蹄なんて出来るの!?」

「待ってください! 資格とか持っているんですか!?」


 そこでようやく硬直から解けた厚木さんが話しかけてくる。


「一応、俺の削蹄技能は、冒険者ギルドの中でもトップクラスだ。国王が乗る馬の削蹄も頼まれたことがある。おっと、こんなところに包丁が落ちてるな」


 俺は、何かを拾うような素振りを見せながら、地面に手をつけて生体電流を操作し地面の中から砂鉄を抽出し一本の超振動ナイフを作り出す。


「まぁ、よく見ておけ」


 俺は、爪が伸びた牛に近づくと、牛の削蹄のレクチャーを開始する。


「すごい。お兄ちゃん! 動画見ているだけで誰でもできるの?」

「まぁ、慣れれば誰でもできる」


 テキパキと牛一頭分の削蹄を終える。


「とりあえず、こんなところだな」


 俺は牛に触れながら体内におかしな部分が無いか確認していく。

 そして、足に炎症があるのを見つけると同時に牛の細胞を操作し修復した。


「……あの、桂木さん」

「何か?」

「牛の為だけに牧場に来たのかな?」

「そうだが、何か問題でもあったのか?」


 俺の返答に、厚木さんは困ったような表情を見せる。 

 

  



 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る