第164話  第三者Side

 ――時間は、桂木優斗が朝早く安倍珠江の自室に尋ねてきた時間まで遡る。


「ようやく行ったようね」


 旅館の駐車場から出ていく車を見下ろしながら安倍珠江は、荒い息を整えつつ、自室の壁に背中を預ける。

 その姿は、まるで全力疾走した後のように満身創痍にも見えた。

 安倍珠江は、深く何度も深呼吸をし息を整えつつ、畳の上に崩れ落ちるように座り込む。


「御当主様!」


 唐突に襖が開くと、室内に入ってきたのは烏丸吹雪であった。


「烏丸……? ……ということは、桂木優斗を旅館から遠ざけたのは貴女の……」

「はい。式神になります。それよりも、どれだけの無茶をされているのですか!」

「私のことはいいわ。それよりも――」


 心の臓付近を右手で押さえながら、口を開く阿倍珠江。


「儀式に取り掛かるわ」

「儀式? そのような話は聞いておりません。第一、こちらの陰陽連の施設を利用するとしか――」


 安倍珠江から何も聞かされていない烏丸の表情は、儀式と言う言葉に動揺の色を見せる。


「それに、御当主様は、儀式を行えるほどの体調では……、それに何の儀式を?」

「救世主選定の儀式よ」

「そのような世迷言を……。安倍様は、無駄に力を使わずに安静なさってください。ただでさえ、内閣府直轄となりましてからも、行事があるのですから」

「だ……から……よ……」


 顔を真っ青にしながらも、安倍珠江は言葉を発することを止めない。


「桂木優斗が、本当に神の力を有している存在なのか、それを見極めないといけないの」

「そのための儀式でございますか?」

「ええ。そうよ。神の力を有しているのなら――、本当に安倍晴明が予言した通りの力を持っているのなら、何とでもなるはずだもの」


 そう呟くと安倍珠江は、空間にゲートを作り出すと一つの箱を取り出す。


「御当主様っ! そ、それは!? 福音の箱では!? そ、それで何の儀式をするつもりですか!」

「決まっているわ。封印された呪われし村に――」


 そこで、安倍珠江は笑みを浮かべる。

 すると空中から二人の神楽坂都が出現する。

 一人は意識を失ったままでパジャマ姿であり、もう一人は、大広間に来ていた神楽坂都と同じ姿の人間。

 そして――、安倍珠江が指を鳴らすと、大広間に来て桂木優斗達と会話をしていた姿の神楽坂都の姿は掻き消え一枚の人型の――、10センチほどの紙へと変化する。


「ま、まさか……」

「そう。この娘を生贄として捧げるわ。それで、箱の中に封印された村との回廊は一時的に解けるわ」

「正気とは思えません! 我々、陰陽師は人々の為に活動し魑魅魍魎と戦ってきたではありませんか!」

「だからこそよ! 安倍晴明様は、預言したわ。1000年後、世界は滅亡の縁に立たされると。それは、貴女も知っているわよね?」

「知っていますが……。何もこのような手段を取らなくとも……」

「私には時間が無いの! 彼が本物かどうかを見極めないといけないの!」

「ですが! 一般人を巻き添えにするなんて、そんなことを国が許す訳が――、それに陰陽連も決して許可は――」

「分かってないわね。この世界を守るために、彼の力を――、力量を計る必要があるの。それが本物かどうか。そして世界を――、人類を救う為なら、一人の命くらい安いものなのよ! そう、これは安倍晴明様の直系の子孫である私が行う人類を救う為の――、救世主を見つける為の聖なる選定なの」


 阿倍珠江は、棚から黒い丸薬を取り出すと口に含んだあと、畳の上に座り込む。


「いい? 私は、人類を救う為に動いているの。政府が箱舟計画を実行しているけど、あんなので救える人間の数なんて高が知れているわ。だから、私が世界を――、人類を救わないといけないの!」

「箱舟計画?」

「余計なことを語り過ぎてしまったようね。とにかく、儀式を急がないと――」

「それは、承諾できません!」

「そう――。同じ陰陽師だから理解してくれると思って話したけど……、無駄だったようね」


 突然、烏丸の背中の襖が倒れると同時に――、烏丸の体に、体高2メートルを超える巨大な虎が噛みつく。


「が、ああっ……」

「儀式の邪魔をされても困るの」


 薬が効いたのか、立ち上がる安倍珠江は、空中に中吊りになっている神楽坂都に近づく。


「さあ、神楽坂都さん、貴女には恨みはないけど……世界の為に――、人類の為に、その身を差し出して頂戴ね」


 深く残酷な笑みを浮かべる安倍珠江は、そう呟くと巨大な鬼が姿を現す。


「前鬼! この生贄に――」


 彼女が命令を下そうとした時に、安倍珠江がゲートで召喚した福音の箱に貼られていた無数の封印札が千切れ飛んだ。


「――え? ど、どういうことなの!? わ、私は、何も儀式をしてないわよ!?」


 突然のことに動揺する安倍珠江は烏丸の方へと視線を向けたが、烏丸は既に息絶えていた。


「烏丸じゃない? ――なら、誰が、福音の箱に力を与えたの!? そもそも外部から力を与えることなんて不可能なのに……、このままだと暴走して封印されていた村が出てきて――。くっ、仕方ないわ。こうなったら――」


 安倍珠江は、ゲートを作り出す。


「ど、どうして!? どうしてなの! どうして、鳳凰の扇が無いの!?」


 自身の計画とは、異なることが次々と起きることに焦る安倍珠江を他所に、福音の箱は、ドス黒い瘴気を周囲に撒き散らし、爆散した。



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