第159話
牧場を見学した翌朝――、一番風呂に向かう為に俺は旅館の廊下を一人歩く。
「それにしても、広い旅館を貸し切りとは安倍先生も粋な計らいをしてくれるものだな」
一人呟く。
正直、安倍先生がワンツーマンで勉強を教えていることを、都に彼女が言った時には、イラッと来たが……。
昨日の夕飯時の、船盛りの刺身といい、すき焼きといい、夕飯のクオリティを考えると、その辺の問題は軽く流せる感じだ。
脱衣場に到着し、浴衣を脱いだあとは、露天風呂へと繋がる扉を開く。
「純也……何をしているんだ?」
露天風呂には先客がいた。
それも、純也だけでなく日本猿まで。
「優斗か! あれだよ! 日本猿は温泉が好きだろ? だから、朝風呂に連れてきたんだよ!」
「さすがに、旅館の露天風呂に動物を入れるのはマズイんじゃないのか?」
「旅館の人に、昨日の夜、許可取っておいたぞ」
「ほう……」
何と言うか、そういう人付き合いは、純也は抜け目がないよな。
「あ、そこそこ、もっと力を入れて」
もっと言えば、まるで純也の話している言葉が分かるみたいに、猿は石鹸の泡のついたスポンジで純也の背中を磨いている。
俺は、それを横目に見ながら――。
「純也」
「何だよ」
「似合いのカップルだな」
「お前、ふざけんなよ! こいつは猿だぞ!」
「生物学的に見れば人間も猿だろ」
「いやいや、全然違うだろ!」
「細かいなぁ」
「優斗が、ガサツになっただけだ!」
「俺ほど、空気を読む男は居ないと思うが……」
「いや、全然読んでないから――、読めていたら都も、あんなに苦労してないから」
「都が? 何か問題でも抱えているのか?」
俺が見た限り、都が何かに狙われているという事はなかったはず。
いや……、もしかして違う意味なのか?
だが――、そうなると考えられることは一つしかない。
「それは色恋沙汰ということか?」
「お! 優斗も、分かってたのか!?」
「まあな」
俺も伊達に何十年も異世界で生計を立てていた訳ではない。
クライアントの心情を的確に読みとりクエストをクリアするのも高位冒険者の仕事の一つだ。
「それじゃ――」
「まさか妹と仲が良いとは思っていたが、百合趣味だとは思わなかったな」
「お前、正気か!」
何だ、純也のやつは――、失礼なモノの言い方をする。
都とか、どう考えても俺のことを弄っているだけだろうに。
現に俺を言う事を聞かせようと、爆乳系雑誌を人質にして交渉してくる奴だぞ?
「やれやれ。純也は分かってないな」
「分かってないのはお前だと思うが?」
「都は、お前からも提供を受けた『爆乳先生好きにして!』と、言う雑誌を安倍先生に見せると、脅してくるんだぞ? つまりだ……」
「つまり?」
「俺の家に泊まりにきてる都の目的は、どう転んでも妹しかないと言う事だ!」
完璧なまでの俺の考察。
非の打ちどころもないだろう。
まぁ、俺としては、そっちの方が楽ではあるんだが……。
「あれだな」
「何だよ?」
「優斗って、高校に入ってから学力が非常に衰えたけど、そっち系も相当ヤバいレベルで衰えているんじゃないのか?」
「失礼な言い方するな」
俺は体を洗い終え、露天風呂に浸かる。
「熱くて気持ちいいな。やっぱ朝風呂は最高だ」
「失礼も何も事実なんだけどな」
純也が、そんな戯けたことを言いながら日本猿と一緒に風呂に入る。
それにしても、純也は動物に好かれる体質だとは昔から思っていたが、日本猿にまで適用されるとは……。
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