第158話 第三者Side
――時刻は、午前2時過ぎ。
高清水旅館の最上階のフロアの一室で、煌々とした明りに照らされた部屋に、安倍珠江は、ひとり佇んでいた。
彼女は、畳の上に置かれた和座椅子に体を預けながら、国から提供された資料に目を何度も通していた。
「やっぱり、どう考えても一般人にしか……」
そこまで呟いたところで、安倍珠江の脳裏に、牧場に連れて行った時に見せた桂木優斗の動きが思い浮かぶ。
「……たしかに、少し変なところはあったけれど……、霊力を全くと良い程感じなかったわ。――なのに、神社庁も警察庁どころか警視庁も、彼を特別扱いしている。たしかに警察庁から提出された資料を鵜呑みにするのなら、尋常ならざる力だと言うのは分かるけど……」
そこまで安倍珠江が思考したところで――。
「お嬢様」
「やっと来たのね。入りなさい」
「失礼します」
襖を音も立てずに開けて入ってきたのは、優斗が牧場で会話した50代の男性。
「ずいぶんと遅かったのね?」
「申し訳ありません。さすがに隠居した身には、色々とありまして――」
「牧場の経営に関してかしら?」
「はい。それよりも、お嬢様が知りたいのは――」
「ええ。彼のこと。桂木優斗のことよ」
「なるほど」
「事前にも説明したわよね? 桂木優斗を見て、貴方から見てどう思ったのか、それを聞きたいの。そのために、ここまで来たのだから」
「分かっております」
「そう。分かっているのならいいわ。国からの提供資料には、貴方も目を通したわよね?」
「はい」
「――では、厳十郎。貴方に聞きたいのだけれど、桂木優斗という人物を見て、貴方はどう思ったのかしら? 元、最強の陰陽師であり占星術師でもあった貴方の率直な感想を聞きたいわ」
「そうですな。一言で、言い表すとしたら、底が見えないと言ったところでしょうか?」
「どういう意味? 貴方にも、見せたわよね? 国からの桂木優斗に関する資料は――」
安倍珠江の口調が固いモノとなる。
「見ましたが……。おそらくですが、あの者は、力を隠していると思われます」
「力を? この資料に?」
「はい。お嬢様は、動物が彼に素直に従った理由をご存知でしょうか?」
「何を言っているのかしら?」
「桂木優斗が持つ力を本能的に察して、動物たちは素直に言う事を聞いたと私は思っております」
「本能的に?」
「はい」
「そんな訳ないわ。彼を、1週間以上、近くで観察してきたけど、どこにでも存在している普通の高校生で、まったく霊力を感じなかったわ」
「お嬢様」
「もういいわ。やっぱり、前線から引いたことで、貴方は衰えてしまったのね」
不機嫌そうな表情で呟く珠江。
その言葉を聞いた厚木源十郎は肩を落とす。
「お嬢様。あれには――、桂木優斗という化け物には手を出さない方が懸命です。下手に手を出せば、こちらがタダでは済みません」
「もういいわ」
「お嬢様!」
「下がりなさい! そもそも、私が作り出した後鬼を見て何の反応も示さなかったよ? 普通に霊力を持っているのなら、何かしらの行動を起こしたはずだもの。なのに、桂木優斗は何の行動も移さなかった。それが全てよ!」
「――ですが……」
「もういいと言ったでしょう? 下がりなさい」
「分かりました……」
部屋から出ていく厚木源十郎の背中を見送った安倍家当主である安倍珠江は溜息をつく。
「やっぱり、桂木優斗の力を見極める為には、この封印を解くしかないようね。神楽坂都だけを生贄にするつもりだったけど、身内も生贄として利用した方が、本当の力を隠しているのなら彼も必死になるでしょう」
安倍珠江は、無数の札が張られた小さな箱を見下ろしながら、指先で黒い箱に手を触れながら不敵な笑みを浮かべた。
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