第157話
旅館近くの牧場までの距離は、車で5分ほど。
思ったよりも近い。
車から降りた俺と都と安倍先生。
「それにしても妹が来ないのは、長時間、車に乗っていたから仕方ないとして、純也まで来ないとはな……」
「ほら、あの猿が離してくれないらしくて、来れなかったみたいよ」
「なるほど……」
「それにしても、牧場ってのんびりとしているイメージがあったけど……」
都が視線を向ける。
そちらでは、牛が並んで食事をしている光景があり、牧場関係者の方がせっせと食糧を運んでいた。
「まぁ、牛とか豚は食べる量がハンパないからな」
「桂木君は、牧場とかに来たことがあるような口ぶりで話すのね」
都と会話をしていると、安倍先生が車から降りてきて話しかけてきた。
「まぁ、色々とな……」
異世界では、冒険者の仕事で雑務とかでも牧場の仕事とか普通にあったからな。
しかもランクが低い内は納屋で寝泊まりする事も多かったし、牧場主には、寝泊まりの代わりに労働を対価として提供していたものだ。
「それなら乳しぼりしてみる?」
「ああ、まだ終わってない個体がいるのか?」
「そうそう。やってみる?」
「まぁ、見学をさせてもらっているんだから、手伝うのもやぶさかではないな」
「優斗、大丈夫なの?」
「ふっ、この俺は乳牛王と呼ばれた男だぞ」
「乳牛王って……。優斗って、もしかして、どこかの国民的な漫画に影響されているの?」
何故か俺を残念そうな顔で見てくる都
そこまで言われたら、俺の実力を見せるしかないな!
牧場主と先生が交渉し、俺は早速、乳しぼりをする事になり――。
冒険者時代、10年間、毎日、乳しぼりをしていた俺の技術は頂点を極めている。
「は、はやい……」
「お嬢様、彼は一体……」
「私も良く分からなくなってきたわ。彼って、牧場経験者ではないはずだけど……」
俺の華麗な手さばきによる乳しぼりの速度は、機械で搾乳する速度を遥かに凌駕している。
「優斗、すごい!」
「ふっ」
都が俺の乳しぼりに感嘆の声を上げており、それに応じるように俺はさらに、速度を上げていく。
「はいはいはいはいはい」
「……彼は、牧場経営でもやっていけそうというか……、安倍お嬢様、彼を牧場従業員としてスカウトしたいまであるのですが――」
「それはダメよ」
何やら、俺のスカウトの話になっているな。
ふっ、悪いが――、俺は牧場王とも呼ばれていたからな。
伊達に10年間、納屋で暮らしていた訳ではない!
俺は、さらに牛舎の掃除をテキパキとこなし寝床も掃除していく。
さらに、手ぶりで牛を牛舎へと移動する。
「……あれ? 彼って、すごく牧場の仕事に向いているような……」
「お嬢様。まるで、彼は牛の気持ちが分かるようですね」
さらに俺は飲み水も追加で入れていく。
それらを全て機械を使わずに手作業で――、肉体強化を最低限行って、最小限の動きで終わらせていく。
「ふう――。まぁ、こんなもんか。――ん? どうした?」
ようやく全ての牧場の作業が終わったところで、俺は肩を回し周りを見渡したところで、安倍先生や都――、牧場関係者が俺の方を口を開けて見てきていた。
「えっと……。桂木君は、牧場の仕事をした事があるのかしら?」
「君! すごいね! 即戦力だよ! よかったら、うちの牧場で働かないか! ――いや、それどころか娘と結婚して継いでくれてもいいんだよ!」
50歳近い、ガタイのいい親父さんが俺の両肩を両手で掴むと熱い口調で話してくる。
「それにしても、うちの牧場に初めて見学に来たというのに、うちの牧場のやり方を知っているかのように動けるなんて驚きだよ!」
「ふっ。まぁ、このくらいは常識に動けないと冒険者としては食っていけないからな」
俺は子牛に、ミルクを飲ませながら答える。
「……優斗、すごく手慣れているよね」
都も若干引き気味だ。
少しやり過ぎたかも知れない。
「えっと、君の名前は――」
「桂木優斗だ」
「そうか。儂の名前は、厚木厳十郎だ。飯でも食っていかないか?」
「飯か……。そういえば、飯の準備をするような事を、旅館の従業員が言ってた気がするな」
「それは残念だ。良かったら。いつでもきてくれ! 若くて仕事の出来る労働者は何時でも歓迎するよ!」
「まぁ、気にしないでください」
俺は曖昧に返事を返しておく。
「今日は、見学だけなので、失礼しますわ」
「お嬢様も、また来てください」
「ええ。桂木君、都さん。帰りましょう」
旅館に戻ったあとは、お風呂に入りサッパリとしたあとは大広間で食事。
大広間に到着した時には、純也や妹に都も座布団の上に座って俺を待っていた。
「何か、すまないな。待たせて」
「都から聞いたぞ? 牧場で働いたって」
純也が茶化すかのように聞いてくる。
「お兄ちゃん。牧場で仕事なんてした事があったの? 私、初めて聞いたの」
「まぁ、動画サイトとか見ているとよくあるだろう?」
曖昧に――、適当に誤魔化しておく。
そんな俺を何故か知らないが、「動画サイトを見ただけで、あれだけ動けるなんて……ありえない……」と、呟きなら安倍先生は俺を疑っているかのような瞳で見てきていた。
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