第160話

「ふーっ、さっぱりしたな」

「ああ……。それにしても乾かすのに時間かかるな」


 返事をしながらも器用に猿の毛をドライヤーで乾かす純也。

 さすが、犬を飼っているだけはある。

 

「それにしても手慣れているな」

「まぁ、うち、トップブリーダーだからな。こういった作業は得意なんだ」

「へー」


 そういえば、そんな話を聞いたような聞いた事がないような……。

 もう40年以上前の事だから忘れてしまったが。


「――と、言うか、優斗は勉強を見てもらうんだろ?」

「まぁ朝食は9時からだからな」


 俺は、脱衣場の壁に掛けられている時計へ視線を向ける。

 時刻は、午前7時を過ぎたばかり。

 午前8時から、1時間――、勉強をする予定になっているから、まずは安倍先生と合わないとな。


「とりあえず、俺は自室に戻るわ」

「おう。朝食時にまたな!」

「あいよ」


 俺は、ドライヤーを片手に、大きめの櫛を使い丁寧に日本猿の体毛を乾かす純也と別れて廊下に出てから自室に戻る。

 しばらく、自室で待っているが、午前8時を少し過ぎても安倍先生が来ない。


「どうしたんだ?」


 生徒へ熱心な教育実習生とは思えない。

 もしかしたら――。


「寝坊か?」


 まぁ、慣れない枕で寝ると中々寝付けずに寝坊することは稀に良くあることだからな。

 俺くらいになると、どこでも寝れるが!


「仕方ない」

 

 俺は和座席椅子から立ち上がり、廊下に出て気が付く。

 安倍先生の部屋が何処か分からないことに。

 俺は、安倍先生の気配を確認する為、波動結界を展開し――。


「居た。上の階か……。あと、何か変な感じがしたな……」


 俺は、すぐに上の階へと上がる階段が存在している旅館のフロントに向かう。


「妙だな……」


 フロントに到着したが、殆ど、人の気配というか従業員の気配が妙に少ない。


「これだけ大きな旅館だと言うのに、従業員の数は10人も満たないなんてありえるのか? ――いや、朝早いからな。きっと出社前とかなんだろう」


 旅館やホテルに関しては、殆ど泊まったことがないし、異世界の宿の感覚で決めるのは早計だろう。

 もしくは――。


「経営がヤバくて、従業員が雇えないとか?」


 かなり失礼な考えに至ってしまうが、異世界から戻ってきてからというもの、人材不足というニュースをよく目にしたから、強ち間違っていないような気がしてくる。


「それにしても受付にも人が居ないとは……。人材不足ここに極めるみたいな感じなのか……」


 まぁ、おかげで上の階層に繋がる階段を気兼ねなく昇ることができるが。

 3階まで上がり、安倍先生が寝泊まりしている部屋へと向かうが、俺は少しだけ気になった事があって、安倍先生の部屋に向かう途中の部屋の前で足を止める。


「あれだよな? さっき感じた妙な気配って、魔法道具関係だよな?」


 どうして、この世界に魔法道具があるのかは知らないが――、かなり古い旅館だというのは見た目からして分かる。

 もしかしたら何か変な骨とう品などがあるかも知れない。

 俺は襖を開けて、部屋の中へと足を踏み入れる。

 室内を見渡せば掛け軸や大小様々なつづらが置かれていた。

 そして――、部屋の中央部――、黒塗りの漆喰のテーブルの上には、無数の札が貼られている小さな箱が置かれていた。


「これか? 妙な気配なのは……」


 手に取り、ルービックキューブほどの箱を調べるが、何かの魔法が掛けられているのかだけは確認できる。

 問題は、どういう魔法が掛けられているのかが、分からないという点だ。


「ふむ……」


 何かしら人に害を為すようなモノだというのだけは分かるが、札が効力を発揮しているのか、完全に遮断しているようだ。

 

「まぁ、消し飛ばすのは、さすがに俺の持ち物じゃないから、マズイよな……。――ん? これは、何だ?」


 箱の横に置かれている真っ赤な扇。

 それを手にすると扇は、一瞬にして灰となって消えた。


「……」


 思わず無言になる俺。

 何かしらの魔法が掛けられているのは分かったから、少し調べようとして手にしたら扇が消し飛んだ。

 俺は何もしてないのに……。


「……」


 無言のまま箱をテーブルの上に戻す。

 そして音を立てずに部屋から出たあと安倍先生の部屋へと向かう。

 


 

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