第154話

 安倍先生と別れたあと、自宅まで真っ直ぐに戻る。


「ただいま」

「お帰りなさい。お兄ちゃん」

「お帰り、優斗。勉強にする? 勉強にする? それとも勉強にする?」

「勉強って……」

「だって、優斗。勉強を教えて貰う事になったのよね?」

「――え? そうなの? お兄ちゃん!」

「どうして、都が、その事を知っているんだ?」


 すでに制服から普段着に着替えた都が、どうして俺が勉強を教えて貰う事を知っているのか意味不明なんだが……。


「――え? だって、学校で優斗のことを聞いてきたから」

「俺のことを聞いてきた? 誰に!?」

「うん。安倍さんって言う教育実習生の人から、優斗の勉強を教えることになったからって、教えてもらったの」


 そう俺に話しかけて都は、ジーッと俺を見てくる。


「ど、どうした?」

「ねえ? 優斗」

「お、おう……」

「すっごい美人な教育実習生だよね?」

「……」

「胸も、すごく大きいよね? 優斗のアダルト雑誌の中に巨乳系モノが多かったよね?」

「そ、その話は、もう終わっただろ?」

「――え? 都さん! どういうことなの! お兄ちゃん! もしかして美人なお姉さんに勉強を教わることになったの!? どういうことなの! ねえ! ねえ!」


 都がジト目で俺に話しかけてくる途中で瞳からハイライトが消えていくと、話に割って入ってきた妹が、俺の学生服を掴むと前後に揺らしてくる。


「もしかして、優斗は、美人な巨乳なお姉さんと二人きりになりたいから、私に報告しなかったのかな? かな?」

「そんな――、つもり――、は――」


 妹が、俺の襟を掴み前後に揺らすおかげで、まともに話が出来ない。


「これは、アレなの! お兄ちゃんが狙われているの!」

「ねえ? 優斗。携帯!」

「え?」

「携帯出して」

「――いや、あの……」

「携帯」

「あ、はい……」


 普段使っている自身のスマートフォンを取り出す。

 都は虚ろな眼差しのまま携帯を受けとると操作していく。

 

「ねえ。優斗」

「な、なんだ……」

「これは、どういうことかな? かな? 私が居るのに、どういうことかキチンと説明してくれるのよね? よね?」


 都が、携帯の画面を俺に見せてくる。

 すると画像ファイルが開かれていて――、そこには安倍珠江の写真が映し出されていて――。

 ただ、俺には、まったく身の覚えがない!


「お兄ちゃん……、そんな……」

「ねえ。優斗」

「お兄ちゃん……」

「「どういうことなの?」」

「俺は悪くねえ!」


 二人に事情を説明すること30分。

 何度も繰り返し説明したところで――。


「それじゃ、お兄ちゃん。安倍先生に電話して! 何の男女の関係ないんだよね?」

「――いや、さすがにこの時間に電話をするのは迷惑になるんじゃないか?」

「優斗?」

「あ、はい。すぐに電話させていただきます」


 都と妹に命じられて俺は仕方なく安倍先生に電話をする。


「はい。珠江です。優斗君? どうかしたの?」

「じつは――」


 俺は事情を説明する。

 

「なるほど……。つまり、私と優斗君が男女の関係にあると、疑っていると言う事でいいのかしら?」

「まぁ、そんな感じです」

「へー」


 何故かの沈黙。

 嫌な予感が……。


「別に良いんじゃないの? 隠すことでもないでしょう?」

「いやいや冗談は――」

「よく考えてみて、優斗君。私は教育実習生だけど、教師ではないわ。でも、都さんは学生よね? 未成年が、同じ家で暮らしているなんてバレたらPTAは何て言うかしら? それなら、私と付き合っていると言う事にした方がいいんじゃないかしら?」

「良くないです!」


 俺からスマートフォンを取り上げて叫ぶ都。


「そうなの! お兄ちゃんは、私のお兄ちゃんだから誰にも渡さないんだから!」

「……」


 何故か知らんが、当人を差し置いて安倍先生と都と妹が三つ巴状態になっている。

 もう意味が分からない。

 まぁ、都が俺の家に泊まりに来ているのは問題ではあるが、それは幼いころからだったから、そこまで気にする必要はないと思うが……。

 第三者から見ると――、いや……、教師と付き合うという代案も大問題だろうに。


「とにかくだ!」


 俺は、スマートフォンを都から奪う。


「安倍先生、俺のことを考えてくれるのは、正直助かる。だが――、プライベートにまで踏み込んでくるのは、どうかと思う」

「……そうね。ごめんなさい」

「分かってくれればいいです」

「少し熱くなってしまったわね。あの、桂木君」

「何でしょうか?」

「5月の連休だけど、私が悪ふざけした事で、貴方達を不愉快にさせてしまった謝罪も込めて、合宿なんてどうかしら? もちろん、宿泊施設は、私の実家が経営している旅館を手配するから、どうかしら? お金はとらないから」

「つまり、迷惑をかけた謝罪として旅館を借りて勉強合宿を開きたいと言う事ですか」

「ええ。そうなるわね」


 俺と安倍先生の会話を聞いていた都と妹が色めき立つ。


「優斗と旅館!?」

「温泉なの!? お兄ちゃんと!? 混浴! 混浴はあるの!?」

「二人とも静かに」

「どうかしら? 桂木君。私の誠意を受け取ってもらいたいの。駄目かしら?」


 5月の連休は特にバイトも入ってないし、何より無料で旅館に泊まって集中的に勉強というのは、料理を作らなくてもいいから良いかも知れない。


「分かりました」


 それに、都や妹も、乗る気だし。


「――で、場所は?」

「場所は、岩手県遠野市になるわ」

「また、随分と遠いところですね」

「――でも自然豊かなところで静かな場所だから勉強に集中出来ると思うわよ?」

「岩手県に行くの?」

「岩手県って色々とデートスポットとかありそう!」


 すでに二人の中では行くことは確定しているらしい。

 先ほどまで、安倍先生と言い争っていたのが嘘のようだ。


「はぁー。それでは、それでお願いします」

「分かったわ! 楽しみにしていてね!」


 そこで電話が切れる。

 それにしても、岩手県遠野市で勉強か……。

 これは、純也も誘っておくか。

 あとは……。

 





 

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