第146話

 学校が始まり、一週間ほどが経過し――。


「はい。テストの答案用紙を集めます」


 担任の金木先生が、テスト用紙と答案用紙を集め茶封筒に入れる。

 そんな様子を見ながら、俺は机の上で力尽き倒れた。


「優斗、大丈夫か?」

「……もう、無理だ……」


 純也が話しかけてくるが、俺には応じる力は残されてはいない。

 勉強を、一週間の間、都に見てもらい集中的に勉強をしたが、異世界で暮らしていた数十年というブランクは予想以上であり、国語や英語などは壊滅的。

 だいたい、『この文章を書いた時の作者の気持ちを答えなさい』とか、そんな曖昧な質問しても俺に分かる訳がない。

 作者に聞けよ! と、心の中で絶叫したのは言うまでもないだろう。


「ねえねえ。優斗」

「何だ? 俺は、もう2日間の試験期間により全ての力を使い切って死にかけているんだが?」

「それって、テストは出来たってこと?」

「……」


 無言になる俺。

  

「あー」


 都が、俺の様子を見て察したのか頭を撫でてくる。


「大丈夫だよ? 優斗。馬鹿な優斗でも、私は好きだから」

「都、お前はフォローの仕方が間違っていると思う」


 俺の代わりに突っ込みを入れてくれる純也。

 さすが俺の友なだけはある。


「いくら勉強が出来なくても、顔は微妙でも、口が悪くても、人間は、それだけじゃないからな」

「よーし、一度、キチンと話でもしようか?」


 どうも、俺の幼馴染は二人とも俺をキチンとフォローするというスキルを持っていないようだ。


「まぁ、そんなに怒んなって! それよりも、中間考査明けなんだし、ボーリングとかカラオケとかに行かないか?」

「それがいいわね!」

「たしかに……気分転換に、良いかも知れないな」


 同意したところで――。


「桂木君!」

「はい?」


 金木先生が、壇上から俺に唐突に話しかけてきた。

 

「少し勉強について聞きたいことがあるから、あとで生活指導室に来るように」

「……」


 俺は無言で純也の方を見てから都の方を見る。

 二人とも視線を逸らす。

 そして教師に視線を戻すと。


「分かった?」

「はい……」

「頑張ってこいよ! 優斗!」

「優斗、ファイト!」


 俺は深く溜息をついた。

 生徒指導室に到着したところで、ドアをノックすると「どうぞ」と、金木先生の声が聞こえてきた。


「失礼します」


 生徒指導室へ入ると、そこには肩口で黒髪を切りそろえている金木先生と、銀髪の美女が居た。

 瞳の色は赤く肌は驚くほど――、雪のように白い。

 彼女は、俺の方を見てくるなり頭を下げてくる。

 見た目は、大学生くらいだろうか?

 大学生の割には非常に落ち着いている印象を受けるが……。

 女性のことを見ていると咳をする金木先生は口を開く。 


「そこに座ってね」


 指示された通り、長机を挟んだ担任の向かい側に座る。


「桂木君。君の成績だけど、学校に入学した時と比較しても非常に悪いの。それは、貴方も理解しているかしら?」

「はい……」

 

 さすがに異世界に長年住んでいたのだから、利用しない勉強は忘れる。

 それに契約もあるから、余計だ。


「このままだと進級も危ういわ。ここの学校は、私立のような運営形態をとってはいるけど、落第することはあるわ。そのことを念頭に考えて聞いて欲しいの」

「何でしょうか?」

「実は、今月から教育実習生として山王高等学校に配属されることになった彼女――、安倍珠江さんが、貴方の勉強を見てくれるそうなのよ?」

「自分の勉強ですか?」

「ええ。本当は、一人の生徒を依怙贔屓するのは良くないと思うのだけれど、文部科学省の上の方から移転したばかりの高校で落第生を出すのはよろしくないって話でね」

「……はぁ」


 つまり日本国政府の方からの圧力ってことか?

 それなら、公権を使って勉強できなくても進学させてくれてもよさそうなモノだが……。

 その辺の融通は利かないというのは何と言うか悪い意味でもいい意味でも健全と言ったところなのか?


「私は、安倍(あべの) 珠江(たまえ)と言います。桂木君、分からないところがあったら、何でも聞いてね?」

「分かりました。よろしくお願いします」


 まぁ、都にも勉強は見てもらっていたが、やっぱり負担をかけるのは良くないからな。

 それなら教員免許を取ろうとしている大学生に勉強を見て貰った方がいいだろう。



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