第119話

 公団住宅の階段を降り、周りを見渡したところで――、住宅の敷地から出る入口に東雲という女が立っている。

 彼女は、俺を見つけると手招きをしてくる。


「待たせたな」

「いえ。少し、お待ちください」


 乗用車が一台、俺達の前に停まる。


「それでは、どうぞ――」


 東雲が後部座席のドアを開けて俺に入るようにと促してくる。

 仕方なく、俺は車に乗り込むが、その際に公団住宅の踊り場から此方を見て来ている妹と都の姿が!

 これは、あとで説明が面倒になりそうだなと頭を抱える。


「どうかされましたか?」

「――いや、何でもない」


 どちらにしても起きてしまったことは、変えようがないからな。

 車は走り出す。

しばらくして、千葉駅周辺へと車は移動し――、川近くの大きな建物の前に停まる。


「日本企業会館?」

「はい。一応は、神社庁は半官半民という形をとっていますので」

「住良木からは公務員と聞いたが?」

「雇用形態は公務員ですが、それはごく一部の選ばれた人ですので。ですから、大っぴらに他の省庁のように大きな建物を建造することはできないのです。そこで、こういう会館などを間借りさせてもらっています」

「なんだか、神社庁は良く分からない組織だな」

「よく言われます」

「ただ、今回は桂木さんが対話の場を用意して欲しいとのことでしたので、神社庁が間借りしているフロアを案内する事になりました」


 日本企業会館の中を歩きながら説明してくる。

 玄関ホールを入った俺は、東雲の話を聞きながら、すぐに見えてきたエレベーターホールから、エレベータ―に乗り込む。

東雲は慣れた手つきで9階のボタンを押し、エレベータ―は9階まで上がり扉が開く。


「それでは桂木さん、こちらへ」


 9階は、エレベータ―を降りると柱以外の壁は取り払われた巨大な一つの空間になっていた。

 そして数百もの仕事机が並んでおり、何百人ものリクルートスーツを着た男女が、慌ただしく仕事をしている様子が目に飛び込んできた。


「東雲」

「何でしょうか?」

「ここが、神社庁が借りているフロアなのか?」

「はい。一応は、千葉県の本部という形になっています。支部は、いくつかありますが、ここが最大規模のオフィスです」

「なるほど……。それと一つ気になったんだが……」

「気になったことですか?」

「ああ。まだ午前9時前なんだが……」

「桂木さんもご存知の通り、魑魅魍魎と言った存在は、お休みなく働くブラック企業みたいなモノですから、神社庁も彼らに対抗する為に、3交代制で休みなく働いています」

「……」


 俺は思わず無言になる。

 ブラック企業なのか?

 ――いや、3交代制とか説明していたから違うか。


「苦虫を潰したような顔をして、どうかされましたか?」

「気のせいだ。それよりも――」

「分かっています。こちらへ」


 東雲が、俺の手を掴むと歩き出す。

 彼女の手は、俺よりも一回り小さく柔らかい。


「傍付き様? どうして、この場に!?」


 エレベーターホールから十数歩歩いたところでコピー用紙の束を手に持った女が足を止めて驚いた様子で、東雲を見て――、俺を見て――。さらに、大きな眼を見開く。


「ええっ!? 優斗殿が、どうして此処に!?」

「声が大きいですよ? 住良木さん」

「――も、申し訳ありません。それよりも傍付き様、どうして優斗殿を此処に連れてきたのですか?」

「彼と込み入った話があるからです。それよりも、例の件の進捗報告が上がってきていませんが、何か進展とかありましたか?」

「いえ」

「そうですか。それでは住良木さん、重々注意して対応してください」

「分かりました」


 コピー用紙の束を手にスーツ姿の住良木が、去っていく。


「どうかなさいましたか?」

「いや、住良木は巫女服の姿がしか見た事がないから少し新鮮でな」

「そういえば、桂木さんは住良木さんとは顔見知りでしたね」

「まぁな」

「住良木さん!」

「――は、はい!?」

「少し一緒に立ち会ってもらえるかしら?」

「立ち会いって……」

「桂木さんも、住良木さんが一緒に居た方が委縮しないと思うから」

「え?」


 立ち止まり俺を見てきた住良木は、首を傾げる。

 言いたい事は分かる。

 だが、それは言ったら――、


「桂木殿が委縮ですか?」


 おい、言ったら行けない事を言うなと。




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