第110話

「ご自身の取り決めって……。そこは何とか撤回して頂きたいのですが――」

「――なら、警察官として採用してもらうという話は無しだな」


 俺は席から立つ。


「それは、どうしても無理と言う事でしょうか?」

「当たり前だ。俺は、誰の指図も受けない。自分が受けたいと思う仕事しか受けない。ただし、こっちの条件を呑んでくれるのなら、それなりの対応をすることは考えている」


 苦笑いする宮原。


「桂木優斗君。まだ公務員としての契約をしている訳ではありませんので、無理強いすることは出来ませんが、警察官僚は、政財界とのパイプを大事にしています。そのため――」

「悪いが、俺は政財界や権力者には興味ない」

「……そうですか。分かりました。ただ一つ気になることがあるのですが」

「何かな?」

「桂木優斗君が関与したという奇跡の病院――、山王総合病院の事ですが、身体的外傷だけでなく、不治の病を抱えていた患者も多くいたはずです。その方々も治療されたと、県警の方では確認しています。それらは運命には含まれないのでしょうか?」

「その辺は、色々とあったからな」

「ご事情を伺っても?」

「まぁ、神様と約束したってところだな」

「神様ですか?」

「ああ」


 俺は短く答える。

 そして山城親子のことは伏せておく。


「そうですか。たしか日向駅近くには、豊穣と無病息災の神を祀る神社が昔にあったと報告書にありましたが……」

「ソイツだな」

「もしかして、桂木優斗君の力は……」

「推察通りだ」

「なるほど……。一人の警察官として科学では説明が――、理由がつけられない象徴的な意味合いの神という存在については懐疑的でしたが……、それが本当でしたら……」

「理解してくれたか?」

「それでは、桂木優斗君」

「何だ?」

「まずは、貴方の力を見せて頂きたいのですが……」

「力?」

「はい。一応、調査報告書などは目を通していましたが、実際のところ、奇跡の力を行使している姿を見たことはありませんので、見せて頂ければと――」

「つまり、それは要請と言う事でいいのか? まだ契約はしてないが?」

「まずは、どのくらいの実力があるのかを――、面接時には、どのようなスキルを有しているのかを確認すると思います。それと同じだと思って頂ければ幸いです」

「分かった」


 俺は肩を竦めて答える。


「それでは、怪我人を用意致しますので、少しお待ち頂けますか?」


 宮原は、神谷の方を見る。

 それだけで意思疎通が出来たのか神谷が部屋から出て行こうとするが――。


「わざわざ用意しなくても問題ない。カッターとかあるか?」

「――え? ……は、はい。ありますけど……」


 宮原が、室内の一角に移動し、引き出しの中からカッターを取り出すと俺に手渡してくる。


「それでカッターを使って、どうするのですか?」

「こうする」


 俺は、体内で増幅した生体電流を右手に握っていたカッターの刃に纏わせると同時に、自身の左親指に向けて振るう。

 それだけで俺の親指は一拍置いてテーブルの上へ落ちると共に血が噴き出る。


「きゃあああああああああ」

「な、何を!? き、救急車を! 救急車を!」


 目の前で飛び散る血と落ちた左親指を見て宮原が絶叫し――、神谷が慌ててインカムで救急車の手配をしようとする。


「二人とも落ち着け。親指を切断しただけだ」


 俺は、パニックになっている二人に声をかけながら体内のミトコンドリア因子と細胞に干渉し瞬時に親指を生やす。


「ほら! こんな感じだ」


 一秒もかけずに修復した左親指を見せる。

 もちろん、俺が斬り落とした親指は、テーブルの上で転がっている。


「「……」」


 ただ、二人とも無言のまま動こうとしない。

 テーブルの上に落ちたままの親指と、俺が見せた親指を交互に見るだけ。

 そして、先ほど叫んだ宮原が、ハッ! とした表情をすると俺を見てくる。


「それって……え? ど、どういうことなの?」

「だから細胞を修復した。それだけのことだ」

「……まって! ちょっと理解が追い付かないのだけれど……」

「だから、自分の親指をカッターで斬り落として、治療しただけだ」

「治療しただけって……、切断した親指が生えてきたように見えた……けど……」

「その認識で間違っていないな。どうだ? 俺の能力は理解してくれたか?」


 俺の丁寧で紳士的な説明に、宮原と神谷は表情を真っ青にしたまま何度も頷く。

  




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