第108話

「まったく、最近の若い者は……」


 思わず口から愚痴が出てしまう。

 それと同時に、俺の口からは乾いた――、小さな笑いが出る。

 肉体年齢は若くなった――、外見上では……見た目では。

 ただ、精神的な年齢としては――。


 しばらくしてから言い争いが終わったのか、廊下から聞こえる声も小さくなり、次第に聞こえなくなる。

 気配を確認しても、二人ともどうやら、部屋に戻ったらしい。

 まぁ、妹は両親が使っていた部屋で寝泊まりするようになったから、都と四六時中、顔を合わせるような事が無くなったから良かったのかも知れないが。


「――さて……」


 俺は妹の部屋に隠していた靴を取り出し、窓を静かに開ける。

 周囲を確認してから飛び降りたあとは、音を立てずに着地してから千葉駅に向かって走り出した。

 しばらく走り――。


「時刻は23時40分か……」


 スマートフォンの時計を確認しつつ、千葉市中央公園を通り過ぎ、千葉駅前大通りに差し掛かる。


「妙だな?」


 思わず言葉が口から出る。

 周囲を観察しながら、セブンイレブンを通り過ぎたところで、俺は違和感に気が付く。


「コンビニが閉まっているのか?」


 周りを見渡す。

 もうすぐ時刻は日付が変わるが――、千葉県の中でも最大の駅であり、千葉市の中心とも言える場所とも言える千葉駅前に人通りが一切ないのはおかしい。

 それどころか、車も走っていない。

 ――ただ人の気配だけは感じる。


 ヨドバシカメラを左手に見て通り過ぎ、千葉駅のロータリーに到着した所で、違和感は核心に代わる。

 千葉駅前の名物交番と言ってもいいフクロウ交番の前には10台ほどのパトカーが消灯し停まっていたからだ。


「なるほど……」


 つまり、警察庁は、本腰を入れて俺との対話を望んでいるということか。

 そして――、それは……。


「まったく、厄介だな」


 まさか俺との対話の為に、千葉駅周辺を封鎖するとは思わなかったな。

 しかも一般市民に疑問を持たれるレベルだというのに強行するとは……。

 

 千葉駅を通り過ぎ、信号を渡り、SOGOの方へと向かう。

 すると何人かの警察官の姿が目に入ると、一人の警官が近づいてくる。


「桂木優斗君かな?」

「そうだが?」

「君のことを案内するように命令を受けている。付いてきてくれ」

「分かった」


 警官に案内され、裏口のような場所から建物内に通される。


「ここは……」

「センシティタワーの裏口になります」

「センシティタワーって、SOGOの隣にある大きなビルか……」

「そうです」

「なるほど……」


 左手に警備室があり、しばらく進むとエレベーターホールに出る。

 内部は、どう見ても従業員用の内装ではあるが――、白で統一された内装になっており、落ち着いた雰囲気だ。


 エレベーターは、センシティタワーの4階で停止。

 警察官に案内されたのは、センシティタワーとSOGOを繋ぐモノレール連絡テラスの休憩所。


「――では、桂木優斗君。私は、ここで――」


 一人残される俺。

 しばらくするとSOGOの建物――、その自動ドアが開くとスーツ姿の男女が姿を見せる。

 身体強化を行い、人物を確認。

 一人は20代後半の女性。

 美人だとは思うが、切れ目で性格的にきつそうな印象を受ける。

 もう二人は30代前半と後半の男。

 二人とも、グレーのスーツを着ているが、それでも鍛え抜かれた体躯を隠しきれていない。


「初めましてでいいのかしら? 桂木優斗君」


 俺から10メートルほど距離をとったところで、まず話しかけてきたのは女性からであった。


「会ったのが初めてでないのなら、それは否だが――、こうして会話をするのを初めてと定義するのなら、間違ってはいないな」


 俺は肩を竦めて答える。

 そんな俺を見て、微動だにしない三人。


「そう。それでは、まずは自己紹介させてもらうわ。私は、千葉県検察本部所属 神谷(かみや) 幸奈(ゆきな)よ? 階級は警視長になるわ」

「警視庁?」

「警視長よ? 長って書くのよ?」

「なるほど……」


 態々、訂正してくる必要なんて無いのに何なのか。


「――で、彼らは」

「ああ、下っ端に要はない。――で、話ってのは何だ?」


 俺の言葉に、神谷という女の両脇に立っていた男達から憤りのようなモノを感じたが、まぁ何時もの事だから気にしない。


「あなたって……、よく敵を作らない? 目上のモノに対する言葉遣いとか教えられていないのかしら?」

「目上ね」


 俺は、3人を見て溜息をつく。

 どう見ても40歳に到達していない若造共に60歳近い俺様が敬意を払う謂われはないんだがな……。


「まぁ、いいわ。話しのことだけど、君に聞きたいのは――」

「館浦が俺に聞いてきた内容か?」

「ええ、そうね」


 コクリと頷いてくる神谷という女。


「それで、どうなのかしら? ガードレールの件」

「俺の血液と照合したら一致したという話か?」

「そうね」


 ――さて、どう答えたら良いべきか。


 俺は周囲に波動結界を放ちながら、考える。

 周囲100メートルには、200人近い警察官が配置されているのは確認できるが敵愾心のあるような存在は感知できない。

 唯一、敵愾心がある存在は、神谷の両脇にいる男達からくらいだ。


「そうだな。お前達、警察の調査内容で間違いはないな」

「随分と、あっさりと認めるのね」

「まぁ、科学的捜査とかDNA鑑定とかされたら、さすがに認めざるを得ないだろ?」

「――なら、奇跡の病院と、貴方は関わっているという事に関しては、どうなのかしら?」


 奇跡の病院か……。

 まぁ、下手をすると山城家にも迷惑が掛かる可能性がありそうだからな。

 まったく厄介ごとばかり降りかかってくる。

 それと日本の警察は優秀すぎて困るな。

 もう少し政治家と同じくらいボンクラの集まりでも良かったんだがな。


「そうだな」

「そう。――なら、日向駅周辺で起きた不可解な事件にも、貴方は絡んでいるのね?」

「不本意ながら、その通りだ」

「不本意ながら?」

「巻き込まれたと言ってもいい」

「そう。それじゃ、桂木優斗君」

「何だ?」

「貴方は、神社庁や陰陽庁とは、どのような繋がりがあるのかしら?」

「何が言いたい?」

「関係者なのか? を、聞きたいの」

「ふむ……。関係者と言えば関係者かも知れないが……。無関係と言えば無関係かも知れないな」

「どういうことなの?」

「そうだな。スカウトは受けていると言えば分かりやすいか?」

「つまり、神社庁と陰陽庁から、スカウトを受けているということ?」

「陰陽庁は知らんが、神社庁からはスカウトは受けている」

「なるほど……」


 女は、俺の返答に反芻しながら考える素振りを見せ――、


「桂木優斗君。貴方は、どうして、ここまで協力的に話をしてくれるのかしら? うちの館浦が聞いた時は、はぐらかそうとしたわよね?」

「まぁ、ここまで大規模にお膳立てをされたからな。さすがに、言い逃れすることは出来ないだろう?」


 俺は溜息をつきながら答える。


「そういうことね」

「ああ。そういうことだ。聞きたいことは、これで全部か?」

「いいえ、ここから本題になるわ」

「本題? 抹殺でもしようというのか?」

「それも考えたけど――」


 考えたのかよ……。


「でも、いまは少し考えを改めたわ。あの神社庁がスカウトをすると言う事は何かしらの特殊な力を有しているのよね? その力は、奇跡の病院に貴方が関わっていることから推測すると病を治す力――、そう考えられるわ」


 あー、なるほど。

 そういう感じになるのか。


「そこで、貴方を警察庁でスカウトしたいと思っているわ」

「スカウトね……」

「不服かしら?」

「不服も何も、俺は誰かの下で仕事をしたいという気持ちはないからな」

「そうなの?」

「まぁな」


 そもそも俺は誰かに縛られるような生き方は好きじゃない。

 まぁ、冒険者みたく依頼を受けて仕事を完遂するような形なら別にいいが……。


「悪いが、俺は自由を第一優先にしているからな。それは、俺のモットーであり、誰かの命令に従うという事はしない。まぁ、冒険者みたく仕事を自分の選好みできるなら話は別だが――、とりあえず俺が金で靡くような安い男に見られるのは心外の一言だ」

「そうなのね……」

「ああ。だから、いくら積まれようと俺は俺の考えを変えるつもりはない」

「わかったわ。それじゃ年収3000万円だすわ」

「ふっ……。じつは俺、昔から警察官になるのが夢だったんだよな!」




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