第二章 幕間

第98話

 ――日本国、首相官邸。


 第三会議室には、円形の巨大なテーブルが置かれており、そこには日本国の閣僚が集まっており、会話を行っていた。


「――さて、このような話となりますが、如何でしょうか? 夏目総理」

「それで行くとしよう」


 40代後半の男性。

 眼光鋭い男は、財務大臣である山村一矢が官僚から上げてきた資料を一瞥すると、すぐに答えを出す。


「それでは、総理。次の議題ですが……」



 閣僚が座っているテーブルに、それぞれ置かれているモニターに映像が出力される。

 それは山王総合病院の映像。

 大勢の患者が詰め寄る山王総合病院の映像が映し出されるが――。


「ある程度は、予想していたが、これほどとはな……」


 眉間に皺を寄せ乍ら日本国の総理大臣であった夏目一元は溜息をもらす。

 そして――、厚生労働大臣である宮本(みやもと)常次(つねつぐ)へと視線を向ける。


「奇跡の病院と言う事で話は聞いているが、厚生労働省としては、どこまで把握しているんだ?」

「現在、山王総合病院につきましては、宮下法務大臣と共に、国が買い上げる方向で、現在、山王総合病院を運営している山城裕次郎氏と交渉をしているところです」

「ふむ。――で、どのくらいで国営化できそうなのだ? 早めの方がいいだろう?」

「それが予算審議会を通す形になりますので……」

「だが、それだと各国の首脳も黙ってはいないだろう? 何せ、あらゆる病が一日で治ったのだろう?」

「はい。ただ――、因果関係は科学的に立証することは困難であり――、おそらくは日本政府で買い上げて、その場を調べても難しいかと……」

「そんなことは分かっている。だが――、体裁だけでも整えておかなければ、国民に危害が及ぶ可能性があるからな」

「それは、何かしらの事情を知っている山城家を拉致し拷問により情報を引き出す可能性があると言う事ですよね」

「うむ。まずは病院を買い上げろ。早急にだ。あとの調査は、厚生労働省と他国の学者たちに場を提供させておけばいい」

「分かりました」

「どうせ、与野党の連中の中にも文句を言う奴は居ないだろう? 何せ、病が完治するという可能性があるのだから。それに何より政治家なんてモノは棺桶に片足を突っ込んでいる老人ばかりなのだから、体のどこかにガタがきているはずだしな」


 吐き捨てるように日本国総理大臣は言葉を口にすると、苦笑いする閣僚たち。

 彼ら閣僚も奇跡の病院というモノには、大いに興味を持っていたからだ。


「――では、総理。次に山王総合病院に関わっている可能性があることなのですが……。とりあえずは、神社庁の方に説明して頂きたいと思います」

「見ない顔だな?」

「お初にお目にかかります。東雲(しののめ) 柚木(ゆずき)と申します。先週より姫巫女様から神社庁奥の院事務次官を拝命致しました」

「ふむ。どうも神社庁というのは人の代わりが激しいという印象が拭えないな」

「霊力の強い者が上に立つ習わしがありますので」


 東雲という女性が頭を下げながら説明をする。

 その容姿は、大和撫子を、そのまま体現したかのように艶やかな黒髪を腰まで伸ばした美少女。

 ただし、その服装は巫女服であった。

 グレーに近いスーツばかり着ている老人が集まっている首相官邸の会議室では、あまりにも異質であった。


「ずいぶんと若く見えるな」

「はい。今年で19歳になります」


 自分達の子供――、孫に近い年齢に、閣僚たちは「ほほう」と目の保養をしていたが――。


「総理、お言葉ですが、私のことは神社庁の代表として扱ってください。神社庁では、年齢ではなく、実力が全てですので」

「申し訳なかった。別に年齢で差別するつもりはない」

「それはいいです。――では、本題に入らせて頂きます」


 東雲は、立ち上がり、リモコンを押す。

 すると会議室の天井から大きなスクリーンが降りてくると、しばらくして映像がスクリーンに表示された。


「まず、本題ですが神社庁としては、山王総合病院で発生した病が完治したことは、レイライン――、地脈の暴発が原因と考えています。こちらを見てください」


 スクリーンに表示されるのは、立ち入り禁止になった山王高等学校の映像。

 次に表示されたのは黄金色に輝くピラミッド。

 それを見て閣僚たちから一斉に声が上がる。


「東雲君。少しいいかね?」

「何でしょうか? 山村財務大臣様」

「様付けは止してくれ。それよりも、このピラミッドでいいのか?」

「はい。便宜上はピラミッドでよろしいかと思います」

「黄金色に輝いているのはもしや――」

「地質学者と鉱物学者のチームが調べた限りでは、金だと言う事です」


 その東雲の言葉にざわつく閣僚たち。


「それでは、相当な値打ちあるのかね?」

「値打ちですか……。それは金として値打ちと言う事でしょうか?」

「もちろんだ!」

「まだ調査の段階ですが日本政府が抱えている1000兆円の借金を全て返済してもお釣りがくるほどだと推測されています」

「なんと!」

「――ですが、ピラミッドは山王高等学校の敷地内にありますので……」

「それは残念だ」


 落胆し溜息をつく山村一矢財務大臣。

 そして――、東雲と山村の会話を見ていた法務大臣である宮本隆が、口を開く。


「一応は、一時所得という形になりますので所得税と住民税の課税対象ですので、東雲事務次官に渡された資料の予想重量から見ると、それだけで日本政府が発行している債権は、全て返済できると思います」

「おお!」


 法務大臣の説明に、沸き立つ閣僚たち。

 選挙が近いと言う事もあり、彼らにとっては朗報ではあった。


「落ち着け。それだけの金が市場に流通したら、金の相場は一気に崩壊するぞ」


 そんな彼らを窘めたのは日本国総理大臣。


「それよりもだ。東雲君、浮かない顔をしているが、何か他に事情でもあったのではないのか?」

「さすがは総理。まず、ピラミッドですが、売買することは大変厳しいというのが現状です」

「それはどういうことか?」

「はい。ピラミッドに使われている材質ですが、元素記号として金で間違いないと言う事なのですが、まったく形状が変わらないのです。それどころか一切、傷がつかない異常な状況です」

「形状も傷もつかない?」

「はい。学者チームの話によると『時が停まった物質』と報告が上がってきています。そのため、価値はありますが、現時点ですと、まったくの無価値とも言える代物です」

「なるほどな」


 東雲の説明に、落胆の色が会議室内に広まる。


「だが、時の止まった物質か……。産業に大きな革命が起きそうだな」

「それは、これからかと――、そこで閣僚の方々には、今回の山王高等学校の金のピラミッドの件に関しては諸外国に説明するかどうかを考えて頂きたいと姫巫女様が仰っておられました」

「なるほど……。厄介な代物だな。――で、このことは学校の理事――、山城裕次郎には報告しているのか?」

「いいえ。山城裕次郎氏は、奇跡の病院について連日、忙しいようですので」

「なるほど……、よし! 山王総合病院と山王高等学校の土地については日本政府が買い上げる事で話をもっていけ。いいな? 山村」

「――ですが、総理、それでは学生は……」

「近くの高校に転入ということで何とかしろ」

「それは無理です! 総理大臣!」


 あまりの指示に、文部科学大臣の金村(かなむら)徹(とおる)は、悲鳴をあげる。

 

「無理でもしろ! 時の止まった物質に、日本政府が抱えている負債が返済できるほとの金があるのだ。やる価値はあるだろう!」

「そんな……、教育委員会や官僚が何を言ってくるのか……」

「――で、話は、逸れたが、東雲君」

「はい」

「レイラインの暴発が、奇跡の病院が起きた原因だということだな?」

「そうなります。姫巫女様は、数百年、下手したら数千年利用されずに蓄積されていった龍脈の力が爆発し、それが、かつて祀られていた豊雲野神(トヨクモノノカミ)の力である無病息災と結びついた結果だと」

「ふむ……。なるほど……な。オカルトに関しては、私も詳しくはないが、それが神社庁の見解でよいのか?」

「はい」

「分かった」


 説明を一通り行った東雲は椅子へと座ると視線を手元の一枚の用紙へと向ける。

 そこには――。


「桂木優斗君ですか。霊力値は計測不能。彼が、今回の問題に関わっている可能性は高そうですね」  


 東雲柚木は、誰にも聞こえないほど小さな声で言葉を呟いた。




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