第97話

 車の中から、妹と都が病院の中に入っていく後ろ姿を見送ったあと、俺は助手席のシートを倒し横になる。


「優斗、何を寝ているの!?」

「仕方ないだろ。昨日の夜は徹夜だったんだからな」

「それって、やっぱり貴方の仕業だったのね」


 呆れたような声色で、スマートフォンを操作する紅幸子。

 そして画面を俺に見せてくる。


「見なさいよ! コレ! 【奇跡の病院】全ての患者の病が完治!? って、ニュースで大々的に流れているわよ! 世界的に!」

「そうか」

「そうか……、じゃないわよ! 貴方、加減を知らないの? 知らなかった私もアレだけど、ALSなんて現代の医学では絶対に完治させることが出来ない不治の病じゃないの! しかも、腕や足を失った人まで朝起きたら生えたり、移植手術が必要だった人の臓器まで完治しているわ、無茶苦茶よ!」

「仕方ないだろ。まぁ、細かいことは気にするな」

「まったく……、貴方は大雑把よね」

「よく言われる」


 俺は財布から山崎の名刺を取り出す。


「コレが約束の連絡先だ。一応、黄泉の神が滞在しているから、俺から紹介されたって言えば話は聞いてくれるはずだ」

「黄泉の国の神って……?」

「伊邪那美命だ」

「それって日本神話の最古の神よね!? どうして地上に滞在しているの!?」

「色々あったんだよ」

「はぁー」


 深く溜息をつく紅幸子。


「お前、人と話している時に、溜息をつくのは失礼なことだと教わらなかったのか?」

「人の車で助手席のシートを倒して寝ながら話してくる貴方よりはまともだと思うけど?」

「ああいえば、こう言うな」

「貴方には言われたくないわ。それよりも、大丈夫なのかしら?」

「何がだ?」

「だって、これだけ奇跡の病院ってことで世界的に有名になったら、優斗までたどり着くんじゃないの?」

「それはないな」

「どうして、断言できるの?」

「決まっているだろう?」

「何が?」

「お前が、絶対に話さないと信じているからな。話すなら殺すぞ?」

「分かったから! 絶対に話さないから!」

「分かっているならいい」

「まったく……、それよりもいいの?」

「何がだ?」

「優斗。あなた、自分のことを山城綾子さんの記憶から消したのよね?」

「そうだな」

「そんなことしたら、悪い印象持たれるんじゃないの?」

「悪い印象?」

「だって、優斗は山城綾子さんを守っていたのよね? ――でも、その記憶を綾子さんから消して、手柄を存在もしない凄腕の霊能力者に譲ったら、間違いなく理事長から嫌われるわよ? 綾子さんを守ってもらえるように依頼を受けて完遂できなかったってレッテルを間違いなく張られるわよ? それでもいいの?」

「ああ。問題ない」

「どうして?」

「決まっているだろ。自分自身の選択が、誰かを不幸にするなんてモノは――、そんな記憶はない方がいい。辛い記憶、悲しい記憶ってのは、必要ないからな」

「――で、貴方は泥を被ると?」

「別にそんなんじゃない。俺は正義のミカタではないからな。ただの冒険者であって、クライアントを守るのが冒険者の務めだからな。もらった依頼料分の仕事をしたに過ぎない」


 俺の言葉にフーンっと、鼻声で返してくる幸子。


「何か?」

「いいえ。たった100万円で、依頼を受けたんでしょ? 例の依頼。神を消滅させて――、泥を被って悪者になるなんて、安すぎると思っただけ」

「……まぁ、それが冒険者ってやつだからな。それに――」


 俺は視線を病院の入り口へと向ける。

 そこには、山城綾子と、その両親の姿が見えた。

 それは――、とても素晴らしい光景に見える。

 

「何よ?」

「別に何でもない。それよりも、妹たちに買い物を頼まれているんだから、さっさと車を出してくれ」

「まったく、貴方は人使いが荒いわよね」


 車は、病院の駐車場を走り、坂を下っていく。

 その際に、一瞬だけ山城綾子の表情が見えたが――、それは……。


「何か良い事あったの?」

「いいや。何でもない。理事長は大変だなと思っただけだ」


 ――そう、冒険者の依頼達成は金以外にも存在する。

 

「そうなの? 何だか、それだけじゃない気もするけど?」

「そうだな……。心からの笑顔ってのも報酬ってやつだな」

「優斗、大丈夫?」

「何がだ?」

「らしくないこと言っているなって思ったから」

「失礼な奴だな」


 俺は、心の底から笑顔を見せた山城綾子の表情を見たあと目を閉じる。

そして走る車の振動に身を任せた。 


 

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