第96話


 お父さんと話をして分かったことは何も分からないということ。


「えっと、事件は凄腕の霊能者の人が片付けて、それで気が付けば、お母さんの病気は治っていたってこと?」

「そうなるな」

「それって、本当に大丈夫なの?」

「ああ。全然、大丈夫じゃないな……」


 深く溜息をつくお父さん。

 やっぱり何か深刻なことが?


「やっぱり……」

「ああ、違う違う。綾子が心配するようなことじゃない! この病院に入院している患者の病が、恵子の病が完治したと同時に治っていたんだ」

「え? どういうこと?」

「だから、この病院に入院していた患者は全ての病が完治していた。だから、恵子だけが対象に病が完治したんじゃなくて――」

「つまり入院患者全員が完治したの? だって、ICUに居た人は? 臓器移植を待っていた人とかも、お母さんの不治の病のALSも……」

「全部だ。全部! 完治した。四肢切断や腕や視覚障害も癌患者も全員が完治している」

「それって……、大問題……」

「ああ。だから、頭が痛いんだ。今日の朝から政府や医師会やマスコミ筋から、何が起きたのかという説明を求められている」

「だから、深刻そうな顔をしていたのね……」

「そうだ。本当に原因不明で、どう説明をしていいものか……」


 本当に深刻そうに深く溜息をつくお父さん。

 そして――、お父さんは、一呼吸すると私の方を見てくる。


「綾子」

「どうしたの?」

「桂木君の家で、数日間、お世話になっていたと思うが、神社庁からも、もう彼の庇護下に居なくても問題無いと言う事なので、戻ってくるつもりはないか?」

「桂木君?」


 私は、首を傾げる。

 そんな人、知らない。

 それに、君がつくということは男性?


「えっと……、お父さんの知り合の人?」

「――いや、知らないならいいんだ。紅さんから、もしかしたら神隠しに合っている間に記憶を一部欠損しているかもしれないと言われていたからな。知らないならいい。大事な娘を預けたというのに、肝心な時に一緒に居なかった男だからな。まったく――、きちんと依頼料も支払ったというのに……。本当に不誠実な若者だ」


 お父さんは、ずいぶんと桂木君という人に怒っているみたい。

 でも、私の記憶には桂木君という人の記憶は……。


「――でも、私がお世話になっていた人なのよね?」

「ああ。そうだな。だが――、まったく……。娘が神隠しにあったというのに、報告の一つも寄こさないとは……」

「あなた」

「恵子」

「少しでもお世話になった人を、あまり悪くいうものじゃないわよ?」

「……そうだな。すまなかった、綾子。私は、ああ言う口先だけの男はどうもな――、とりあえず私は今後のことを副院長と話してくるから、今日、一日はゆっくりしていなさい」


 お父さんは、そう言うと病室から出ていく。

 それと入れ違いで、病室のドアがノックされた。


「はい」


 私の代わりに返答するおかあさん。

 そして――、ドアが開くと、山王高等学校の制服を着た女の子と、中学生の女の子が病室に入ってきた。


「綾子さん、倒れたって聞きましたけど大丈夫ですか?」

「えっと……」


 私は、最初に話しかけてきた中学生くらいの女の子の顔をジッと見て、ハッ! とする。


「胡桃ちゃん?」

「はい! 倒れたときに頭を打ったって聞きましたけど、大丈夫ですか?」

「ええ。大丈夫よ」


 どうして、忘れていたのか……。


「山城先輩。優斗の家から引き上げるって、山城先輩のお父さんに聞きましたけど、本当なんですか?」

「ええ。そうね。それより、どうして都さんは喧嘩腰なのかしら?」

「そんなの先輩が一番分かっていると思うのですけど! ――って、病室で口論しても仕方ないですよね。先輩が優斗の家から出ていくのなら何の問題もないです」

「都さんも、出ていく感じですね!」

「どうして胡桃ちゃんは、楽しそうなのかな?」

「お二人とも、綾子のお友達なのかしら?」


 ずっと、私と都さんと胡桃ちゃんの話をジッと聞いていたお母さんは話に割って入ってくる。


「うん。二人とも、私がお世話になっていた桂木家の人」

「そうなのね。――でも、御二人と、これだけ親密なら、お世話になっていたお宅では、良くしてくれたのね。ありがとう、胡桃さん、都さん」

「いえいえ。こちらこそです。お金も貰っていますから」

「山城先輩を見ていただけなので、私は特に何も――」

「そう。お二人とも、綾子に良くしてくださってありがとうございます」


 お母さんは、頭を下げる。

 それに、都さんや胡桃ちゃんも慌てて――。


「こちらこそ!」

「いえいえ。お気になさらず」


 二人とも、それぞれ頭を下げ――。


「そういえば、桂木君というのは、どちらの?」

「――あ! それは、胡桃のお兄ちゃんです!」


 お母さんの問いかけに、元気よく手を上げる胡桃ちゃん。


「そうなのね。それなら、お兄さんにもよろしく言っておいてくれるかしら?」

「はい! 胡桃から伝えておきます!」

「あの、胡桃ちゃん」

「どうかしましたか? 綾子さん」

「あなたのお兄さんって――」

「桂木優斗です! 私の、お兄ちゃんです!」

「えっと……」


 桂木までは聞き取れるけど……、そのあとの名前が、さっきから聞き取れない。

 顔も、声も、何もかも思い出せない。


「どうかしましたか?」

「ううん。何でもないの!」


 さすがにお世話になった家に住んでいる方の名前を知らないというのは、あまりにも不義理だと思い、私は誤魔化す。


「そうなのですか。――でも! 綾子さんが無事でよかったです!

「そうね。――とりあえず学校が酷いことになっているけど、巻き込まれたのが山城先輩だって驚いたけど、無事でよかったわ」


 神楽坂都さんの言葉で、どうやら私は世間体としては学校で何かあって、それに巻き込まれたことになっているみたい。

 

「そうね。――とりあえず、お見舞いに来てくれてありがとう」


 私は二人に微笑みかけた。




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