第94話

 山城綾子を、車の後部座席に寝かせる。

 まだ目覚めない理由は、魂を無理矢理切り離したことによる魂の衰弱に他ならない。

 ただ、魂というのは肉体と繋がっていれば何れは回復する。


「まだ、目が覚めないのね」

「ああ。想定通りだ」

「そう。――なら、早く車に乗って頂戴」


 後部座席のドアを閉めたあと、俺は助手席に座りドアを閉めた。

 車は、ゆっくりと走り出し学校へと続く上り坂を横目に横道から一般道へと出る。


「校門近くに停めて置かなくて良かったわ」

「そうだな。そうじゃなかったら、今頃は、あの学生の集まりに見られていただろうからな」


 俺は、視線を学生の集まりへと視線を向ける。

 その中には、純也や都も居り――、何が起きたのか分からないと言った表情で学校へと続く坂道を見上げていた。

 それに、どうやら山崎の車も無いことから、火災警報器を鳴らしたあとに早々に撤退したというのも伺いしれる。

 さすがは元・傭兵と言ったところか。

 場の空気を読むのはお手の物と言ったところなのだろう。


「もういいの?」

「何がだ?」

「何でもないわ」


 何を言いたいのか分からなかったが、紅幸子は、ブレーキペダルから足を退けるとアクセルを踏む。

 それに合わせて車は走り出す。


「そういえば優斗」

「何だ?」

「山城綾子さんは、どう説明をして理事長に帰せばいいのかしら?」

「神隠しだって言ったんだろ?」

「そうじゃなくて! どうやって助けたのか? って、ことを聞かれたらどうするのか? ってこと!」

「幸子が救ったって言えばいいんじゃないのか?」

「それは無理があることは貴方も知っているでしょう? 神社庁ですら、手に負えないって匙を投げた事件なのよ? 一介の探偵に過ぎない私が、助けましたって言っても納得しないでしょう?」

「――なら、同業者に強い霊能力者が居たから、そいつに助けてもらったって言えばいい。ただし、神社庁とは仲が悪いから名前は明かせないって説明しておけばいいだろう?」

「はぁー。貴方が説明すれば全てが丸く収まると思うのだけれど?」


 呆れた声色で、チラリと俺を見てくる紅幸子。


「それは愚問だな。強すぎる力ってのは、何かと問題になりがちなんだよ」

「そういえば、神社庁にも目を付けられていたものね」

「まあな……」

「でも、そうすると私に疑いの目が来るのではなくて?」

「そいつは実績ってことで目を瞑ってくれ」

「仕方ないわね。今回の騒動は、私と知り合いの霊能力者が片付けたってことにしておくわ」

「それがベストな答えだ」

「――でも、優斗って、すごく横柄よね?」

「そうでもない。普通だ」


 そう、普通で何の問題もない。

 むしろ冒険者では下手に出ている方が舐められるからな。


「ところで、優斗の装備とかどうするの? そんなのを所持していたら色々と面倒ごとになるんじゃないの?」 

「ああ、拳銃のことか?」

「そうそう、そのコートの下にあるのでしょう?」

「――いや。もうないな」

「まさか、崩落現場に捨ててきたの?」

「そんな足のつくような真似をするはずがないだろう? きちんと、原子分解して捨ててきた」

「……げ、原子分解?」

「もしかして説明しないと分からないのか?」

「わかるわよ! それよりも、どうやって――って……」


 そこで言葉を区切る紅幸子。


「よくよく考えたら、優斗は、とんでも設定の塊ですものね。そのくらいはやりかねないわね」

「酷い言い方だ」


 ただ単に、増幅した生体電流で原子に干渉し、原子結合を解いただけだというのに。


「それじゃ、私の方から理事長には電話しておくわね」

「ああ、頼む」


 幸子と会話している間に車は、山王総合病院へと続く坂道を登っていく。

 車が駐車場に着いたあと、俺は車から降りる。


「ちょっと! どこにいくのよ?」

「言っただろう? 俺には俺の仕事があるんだよ」

「――あ! そういえば、山城綾子さんの母親の身体を治すって言っていたわよね?」

「ああ。約束だからな。あと、山城綾子だが、明日の昼には目を覚ますはずだ」

「それって、優斗の経験から?」

「まあな」


 言葉を返したあと、俺は助手席のドアを閉める。

 そして病院入口から中へと入り、まっすぐに山城綾子の母親が入院している病室へと向かう。

 病室前に到着すると同時に医師が出てくる。

 俺は咄嗟に医師や看護師に見つからないように身を隠す。


「はぁー。さてと……」


 病室に入ると、生命維持装置に繋がれた山城綾子の母親の姿が視界に入る。


「本当は、寿命で死ぬ人間を延命させるのは、自然の摂理から外れるんだがな……」


 俺は、山城綾子の母親――、山城恵子の額に手を触れる。

 それと同時に彼女の肉体細胞の設計図を正常な物へと書き写していく。


「――ふう。これで約束は守ったぞ? 綾子。あとは――」


 俺は、自分の頭を思わず掻く。

 面倒だが仕方ない。

 そう――、面倒だが仕方ないのだ。

 何故なら一人だけ奇跡的な回復をしたら、それこそ色々と問題事が起きる可能性が高いからな。

 それだったら――、山城裕次郎には悪いが、俺の盾になってもらうとしよう。

 

 俺は病室から出る。

 他の病室を全て回るために――。



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